第13話 証拠
ライブラが咳払いをする。
「ともかく、預言書が使い物にならなくなったのは確かだな。
攻め込む理由もまた然りだ。しかし、分からないことがあるのです。
『勇者』様を守りたいという点では、互いに利害は一致しているのでは?
戦争を避けたいという意志は分からなくはないのですが」
「『勇者』じゃない、ソラだよ」
「ソラ?」
「『勇者』様の仮の名前っス。
名前がないと不便だったので、勝手につけちゃいました。
てか、預言書のページなくなったんなら、ステータスの画面も消えてるんじゃないスかね?」
『勇者』の預言を示すページが消えたのであれば、存在そのものを示すあの数字の羅列も消えていることになる。
イバラも言っていることを理解できたのか、目を大きく見開いた。
「今すぐ見に行きましょう! あの二人に何かあっては大変です!」
「お前たちは先に城に戻れ。
また花火大会が起きたら、いよいよ言い逃れができん」
「火遊びが嫌なら、水遊びってのもアリだけど?」
「だから、何でアンタはそういう……もういいや。
大体、そんな大勢で来られても、部屋に入りきりませんから」
「そういうことだ。城に戻ったら、無断で兵を連れてきたことや花火について王に報告しろ。始末書も提出しておけ、いいな」
どこか不服そうにしながら、二人は兵を連れて、来た道を戻って行った。
「ところで、ライブラ殿。
彼らのあの力を見たことがございますか?」
魔王はこっそり耳打ちする。
「お恥ずかしながら、先代から引き継いだ際の話でしか聞いたことがないのです。
彼らは大罪の悪魔と契約した反逆者たちであり、恐怖を煽ることで人々を支配する集団である、と聞いておりました」
「私もそのような認識を持っておりましたが、これから変えなくてはなりませんね。
それにしても、あんな力をどこに隠していたのでしょう」
「左様でございますね。彼らの人外たる所以を改めて実感しましたよ」
自分以上の力を持つ彼らを畏怖を込めたまなざしで見つめていた。
***
突如起きた花火について、話を聞きたいと人々がエリーゼ邸に殺到していた。
野次馬にどこの所属かも分からない報道陣など、とにかく人で埋め尽くされていた。
「あー、まあ、そうなるっスよね……」
アレを見て、不思議に思わない方がおかしい。
機材を向けられ、シェフィールドは頭をかく。
どう説明したものかと頭をひねる前に、リヴィオが一歩前に出る。
花火を打ち上げたのは彼だ。
彼の口から説明するべきなのだが、嫌な予感しかしないのはなぜだ。
「ドッキリ大成功〜! ってね?」
軽くジャンプしてくるっと回り、人だかりの中心に立つ。
案の定、この男は期待と予想を裏切った。
「ビックリしたでしょう!
王国から賢者様がいらしたので、祝杯をあげてみました!」
この場にいた全員が絶句していた。
ここまで見越した上での行動であれば、分かっていてやっていたとしか思えない。
確信犯というか、もはや戦犯としか言いようがない。
「初めまして。私は王国三賢者のライブラと申します。
突然の来訪に驚いた方も多いでしょう。お騒がせして、申し訳ありません。
本日は魔界の現状を知るべく、足を運んだ次第でございます」
慣れているのか、深々と頭を下げた。
「……そういうことです。このバカのせいで、ぜーんぶバレちゃいましたけど。
後日、その会合をまとめた号外紙出すんで、質疑応答はその時でいいっスね?」
追い払うようにシェフィールドは手を振る。
納得したようで、人がばらばらと去っていく。
「アメリア」
「何?」
「このような真似は! 二度と! しないでください! いいですね!」
限界に達したのか、イバラが金切声を出す。
「次やったら首ごと髪を切りますからね! 覚悟なさい!」
「本当っスよ。一度でいいから、アンタの頭の中を覗いてみたいっスわ」
根拠のない度胸に救われたのも確かだし、感謝しなければならないのも事実だ。
ただ、手のひらの上で踊らされているという事実に無性に腹が立つ。
人のことをおもちゃか何かかと思っているのではなかろうか。
「とにかく、これでようやく落ち着いて話ができますね。
それでは、中へ案内いたします」
一段落着いたと見たのか、エリーゼが屋敷の扉を開ける。
先に進んで部屋へ連れて行く。
部屋の中心でアベルとソラが寝息を立てていた。預言書は破られたような跡があり、ページがごっそり抜けていた。
ソラの頭上にあった数字も消えており、静寂が部屋を支配していた。
この部屋だけが喧騒と切り離されていた。
ライブラが本を拾い上げ、破られた箇所をなぞる。
「本当にこのようなことが起きてしまったのか……これを預かってもいいだろうか。
王が納得されるかどうかは分からないが、何もないよりマシだろう」
「むしろ、それがないと説明できないと思うんスわ。
何なら、俺らも今から一緒に行きますけど」
「お気遣いありがとうございます。
イバラ殿と監査官殿が来ていただければ、どうにか説得できるでしょう。
それと……もし、あなた方の言っていたことが本当であるならば、彼女がページを消したということでいいのですよね」
横になっているアベルを見やった。
「細かい話はアベルが目覚めてからでよろしいですか?
おそらく、今すぐ話を聞くことは不可能でしょうから」
「かしこまりました。また後日、伺うことにします」
「花火の準備は?」
「いりません」
「それなら結構」
戦犯はすましたように片目を閉じた。
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