第11話 憤怒


預言書には賢者たちから力をもらい、仲間となるはずだった。

今は思想の方向性によって分断している。

預言書の著者はこの状況を見て、どう思っているのだろう。


「ま、ヒントはあれだけ出したんだ。

気づいているみたいだし、後はあの子の決意次第ってところかな」


「何の話?」


「それこそ、君たちに関係のない話だ」


自分の首を斬るように親指を振り、煽ってみせる。

本当に関係のない話だ。首を突っ込んでもらっては困る。


「舐めやがって……一人だと思って油断するな、相手は評議会の幹部だ! 

死ぬ気でかかれ!」


「さあ、うちの鬼たちも準備万端だ。

同じ場所で影を踏んだ者同士、仲良くしようじゃない」


「こんなのに構うことない! 今のうちに『勇者』様の下に向かうわよ!」


「底が見える世界はつまらないでしょう?

永遠が約束されていたとしても、いつかはその輪から外れるんだ」


賢者たちよりも後方から魔法で合図が飛んでくる。舞台は整った。

後はイバラたちが帰ってくるのを待つだけだ。


「運命に囚われている奴らに花向けの言葉はいらない。後ろの正面はただの終わり。

赤く暗い世界の中心で踊れェ!」


放たれた魔法の弾丸を空へ高く弾き飛ばす。

これだけ派手に合図を出せば、すぐに気づくはずだ。


後はシンプルだ。隙を見て離脱する兵たちを逃さないよう、騒ぎに巻き込んでいく。

視界の端で地面に倒れていく兵の姿が見える。


わざわざ遠回りさせ、部隊を彼らの後ろに配置させた。

何のために話を長引かせたと思っている。

ほとんど聞いていないと思うが、決して無意味ではない。


「王宮の賢者はこんなもんか! もっと撃ち込んでこい! 煉獄はすぐそこだ!」


時間の感覚が麻痺するくらい、踊り狂え。

終わりを感じろ、明日は来ないと錯覚しろ。


白旗を上げてくれればそれでいい。

限界を超えてまで戦うなら、付き合ってやる。

地獄めぐりをしようじゃないか。


少しずつではあるが、放たれる弾丸の数が減って行く。

空に上がる花火の数も減り、徐々にフィナーレに近づいていく。


「ちょっとちょっと! 何やってんスか、こんなところで!

こんなバカスカ魔法使って、後でなんて言い訳するつもりっスか!」


シェフィールドが怒鳴りながら、間に割って入る。

連絡通り、すぐに駆けつけたらしい。

残りをすべて対処して、膝から崩れ落ち、座り込む。


「よかったな、お前ら。

今一番必要なのが来てくれた」


不思議と笑いが込み上げてくる。

本当になぜだろう。


「なんか楽しそうっスね、大先輩」


「そりゃ、花火ごときで本気になってるんだもん。こんな笑える話もない」


ゲラゲラと笑い続けるリヴィオに鋭い視線を送る。


「こっちは急に連絡入って駆けつけたってのに。心配して損した」


「いや、遊び道具に火は必須でしょうよ。君らも取り扱いには注意したほうがいい。

火遊びを馬鹿にしちゃいけない……」


シェフィールドは肩をすくめ、賢者たちに軽く頭を下げた。


「何というか、本当に申し訳ないです。

できれば、このまま帰っていただけると嬉しいんスけど。

アンタらの部下も大半がやられちゃったみたいだし」


賢者が引き連れてきた兵士を半分は減らせたか。

こちらも同じ程度、負傷者を抱えている。

なるほど、途中から気づいた奴もいたらしい。


「お前ら、こんなところで何をしているッ!

戦闘の許可を出した覚えはない!」


「貴方も何をやっているのですか!

こんな派手な真似をして、恥ずかしくはないのですか!」


イバラたちが預言書を抱え、戻ってきた。

呼吸を整えて、ゆっくり立ち上がる。


「目を離すとすぐにこれだ。

行動を起こす前に冷静になれと、何度言わせれば気が済むんだ!

これだけの騒ぎをどう報告するつもりだった!」


「そんな怒らないであげてくださいよ。

いい暇つぶしになったし、私も気にしていませんから」


「貴方が言えた立場じゃないでしょう! なぜ煽るような真似をしたのです!」


「あんな安い挑発に乗る方が悪い」


「開き直るな! 自分の立場を分かっているのか! 

あんな見せ物まがいのことをして、今後の情勢にどう影響が出るか……!」


「そのセリフをあの二人にも言ってくれない?

どう考えてもおかしいのはあっちだろ」


顎をしゃくる。

ギラギラとした目つきを見て、のどを鳴らして笑う。


「君らもなかなか強情だねえ。他の連中も遊び甲斐があると思うけど、これ以上続けたら、さすがにまずいことぐらいは分かるでしょ?」


「もう十分だろう? どう頑張っても我々は勝てないのだよ。

実力があまりにもありすぎるからな。

ただ、ここまで酷いものだとは、さすがに思わなかったが」


二人がおもちゃにされるほどの差を見せつけられ、言葉にできないようだった。


「遊ばれていると仰った意味がようやく分かった気がします。

まったく、何のためにお前たちを探したと思っている。

預言書にないことが起きた場合の対処法を見つけたというのに」


「そんなもの、本当にあるのですか」


預言書の下に二人は駆け寄った。


「お見苦しいところを見せてしまい、本当に申し訳ありません。

時間がかかってしまいましたが、どうにか見つけることができました」


イバラはカバーを外し、その文を二人に見せる。

「情勢次第」という曖昧な表現を凝視する。


「恐らく、いろんな解釈ができるようにしたのでしょうね」


感情のない声に、一同はそちらを向いた。


「おめでとう、恵まれた方々よ。

聖霊の力はこの世から消え去りました」


音もなく現れた少女は、彼らに凍てつく視線をぶつけた。


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