第10話 躍動


くいっと右の人差し指を振り、左手を下ろす。

指揮者か何かのように見えるが、リヴィオの目に写っているのは無数の文字である。


時折、口の端を上げる。

ソラを捜索している賢者たちの魔法だ。

魔界の上空を覆うように、文字は張り巡らされていた。


それらの文字は賢者たちの目となり手足となって、魔界を飛び交っている。

一週間ほど経ち、未だ『勇者』は見つからない。王家に仕える魔法使いたちを総動員させているのだろう。概ね予想通りだ。


こちとら何年魔法使いやってると思ってるんだ。核が違うんだよ、核が。

そんなことを考えながら、魔法で対抗する。


探索魔法を妨害し、情報を錯乱させ、賢者たちを弄んでいた。

文字通り、彼らと遊んでいた。人数だけならこちらも負けない。

ある程度、対策とパターンさえ組んでおけば、素人でもどうにかできる。


魔法なんてそんなものだ。


思わぬところで暇になってしまったとはいえ、何もしないわけにもいかない。

他の賢者がソラを探すのは容易に想像できたし、見つかった場合に対応できるのも手が空いている自分だけだ。


「旦那様、最終関門が突破されました」


別の場所を監視していたケイトが声をかける。

両手を下ろし、ゆっくりと振り返る。

顔が見えない場所で戦うのはもう終わりだ。


「準備しておいて。すぐに出るよ」


「しかし、『勇者』といえど、まだ赤ん坊でございます。

意識が芽生えないうちに、洗脳すればよかったのでは?」


「それこそ悪手だよ、ケイト。

『勇者』の力に感化されて、私が改心したらどうするつもりだ? 

世界崩壊するよ?」


「……左様でございますね。失礼いたしました」


「洗脳とか封印とか、いろいろ考えたんだけどね。

結局、どれも対処方法がある以上、どうしようもないな」


最後の砦がばらばらと砕け散る。

城の裏から二人の賢者と兵隊たちが出て行った。

大人しく一緒に書物を探していればいいのに。

連携がまるで取れていない。


「ご主人! 王国から兵隊が来てる!

数は多くないけど、みんな強そうだよ!」


メリーが勢いよく扉を開けた。

彼女についてきたのか、部下たちがそれぞれ武器を持って集まっていた。


「オーケイ。ちょっとだけ遊んでやろう」


「ちょっとだけ?」


不思議そうに首を傾げる。


「イバラたちが城の書庫にいるんだ。

すぐには来られないだろうから、その間だけあの馬鹿どもの相手をする」


彼女の頭を撫でる。


「私が適当に時間稼いどくから、後は頼んだ」


「かしこまりました。それでは準備をして参ります」


ケイトは頭を下げて、部下たちを連れて行った。


「さーて、ここからが本番だ」


指を鳴らしながら、リヴィオは部屋を出た。


***


魔法使いと攻防を繰り広げているうちに、陽は西に傾き始めていた。

魔界と人間界の境界にある関所で、王家の魔法使いたちと兵隊が控えていた。

予約なしの来訪で、職員は困惑していた。


「とりあえず、シェフィールドに連絡入れて。

終わり次第、退避すること。いいね」


事務的な要件を済ませ、改めて賢者と向き合う。


「我が名はアーク!

王宮魔術師のひとりである!」


「同じくレポルナ。

魔界に『勇者』様がいらっしゃることが判明したので、引き取りに参りました」


暑苦しい青年と同年代くらいの女性の二人組か。

星の紋様がついたローブは王家に仕える魔法使いの証だ。

後ろに控えている兵も剣と盾を携えている。


単独で迎えに来たリヴィオを胡乱げな目で見る。

自分は丸腰で何も装備していない。

対話する気はまるでないらしい。


「大変申し訳ないのですが、手が空いている者が私しかいないのです。

監査員殿とイバラが城にいると聞いたのですが、何かご存知でしょうか」


「つい先ほど、『勇者』様の居場所が判明した。

知らないわけではあるまい。教えてもらおうか」


「迎えに来た割には物騒だねえ。戦争でも起こすつもり?」


「『勇者』様は今どこにいる。

素直に教えてくれれば、何もしない」


そう言いつつ、なぜ杖を構えるのか。余計に話す気が失せる。

こんなところで戦闘でも起きれば、パニックになるのはすぐに分かるはずだ。


「そんな怖い顔しないでよ。

『勇者』ってのは、王家が必死こいて探している赤ん坊でいいんだっけ?」


「そのお方の頭上には、数字が並んでいるの。

一目見たらすぐに分かるはずなのだけど」


無駄口を叩くつもりもないらしい。おもしろくない連中だ。


「ところでさ、その数字は何を意味しているの?

誕生日や身体的特徴を表しているわけじゃないよね? 何の項目なの?」


「貴方には関係のないことでしょう。こっちも暇じゃないの」


「ステータスだっけ、あれを表示させている意味もよく分からないんだけど。

自分の情報って隠すもんなんじゃないの?

それとも、あの数字を伝えないといけない相手が現れるのかな?」


「貴殿の戯言に付き合っている暇はない。

いい加減、そこを通してもらおうか」


魔力をエネルギーに変換した弾丸が飛んでくる。

その場で一回転して、魔法を展開する。


関所はバリアを張って守り、跳ね返す。残りは空へ打ち上げる。

黄昏時の空に炎の花が花開き、悪魔の哄笑が響く。


「貴方、一体何のつもり?

ふざけるのも大概にして欲しいんだけど」


アークは奥歯を噛み締め、レポルナも眉をぐっと寄せた。


「今の言葉、そっくりそのまま返してやるよ。

『勇者』の一人も守れないで何が賢者だ。ふざけんじゃねえ」


王家で保護していた親子が失踪しただけでも失態と言えるのに、非を認めない。

これほどおかしな話もないだろう。


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