第9話 白昼夢
雲ひとつない、透明な青空がどこまでも広がっていた。食堂の裏には畑があり、野菜はいつもそこで収穫している。
それぞれの出身地から自慢の品種を持ち寄って、丁寧に育てている。どれも美味しいのに、名声がないことが残念で仕方がない。
もっと人が来てくれればいいのに。
野菜を見ながらいつも思っていた。
畑には姿を消したはずの先代がいて、他の仲間もいた。
今より少し大きくなった将来の料理人候補もいる。これ以上ない幸福だ。
つやのある葉をちぎって、口に運ぶ。
みずみずしさと香りが口いっぱいに広がる。
小さくりぎって、ソラに手渡す。
美味しいねと二人で笑いあっていた。
遠くから聞こえる低い音、祭り囃子だろうか。
この時期になると、収穫した野菜を神様にお供えしていた。
実家にいた頃が懐かしい。
近所の子どもたちを連れて、よく遊びに行ったものだ。友達というには年齢差がありすぎたが、いつも楽しかった。
ゆっくりと目を開ける。
いつのまにか、陽は西に傾いていた。
空気を揺らす低い音が立て続けに鳴っている。
夢の中のできごとではなかったらしい。
室内まで届くのだから、太鼓でもないのだろう。
体を起こすと、隣でソラも一緒に寝ていた。
「よかった! アベル、目が覚めたんスね!」
「これ、何の音?」
「ついに来たんスよ!」
「来た?」
「今、関所から連絡あって! とにかく、俺も行ってくるから!
エリーゼ、後は任せた!」
ロクに説明もしないまま、シェフィールドは部屋を飛び出してしまった。
体をぐっと伸ばす。エリーゼも唖然とした様子で部屋の扉を見ていた。
「ごめん、結構寝ちゃってたみたい。
一体、何が起きてるの?」
「シェフィールドから聞いたでしょうが、大変なことになっているみたいなんです」
彼女が音を立てないよう、ぱたぱたと駆け寄った。
「どうか落ち着いて聞いてくださいね。
今はまだ、大丈夫だと思いますから」
アベルの手を握った。つい先ほど、関所の職員から王国の賢者たちが兵隊を連れてきたという連絡が入った。
『勇者』が魔界にいることを突き止めたらしい。
大人しく連れて来れば、何もしない。
平和とは遠くかけ離れたことを言ってきた。
それはただの脅迫であり、強硬手段だった。
言葉が通じないと思われているのだろう。
手が空いていたリヴィオが現在対応しているが、戦闘になる可能性が非常に高いとのことだ。というか、すでに始まっているのだろう。
低い爆発音が何度も響いているのがいい証拠だ。
連絡をもらったシェフィールドもそちらへ向かった。
城で作業しているイバラたちもいずれ気づくはずだ。
ソラがついに見つかってしまった。
それまで食い止められるのだろうか。
「どうしよう、私もそっちに行った方がいいかな」
「いいえ、それだけはしてはいけません。
この子を守りたいのでしょう、それならここから離れてはいけません」
きっぱりと首を横に振った。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「今は彼らに任せるしかありません。
賢者が相手とはいえ、そう簡単に通すことはないでしょう」
「その後は?」
他の仲間たちが合流した後、どうなるのだろう。
戦闘は終わるだろうが、問題はその後だ。
話し合いには応じない以上、どうすることもできない。
「お互いに意思の疎通が取れると嬉しいのですが……そう簡単に受け入れられないと思います。だから、最悪の結末だけは何としてでも防ぎましょう」
エリーゼは目を閉じると、辺り一面が光り始める。
「アベル、よく聞いてくださいね。
預言書と言っても、あの本を記したのは結局のところは人間なのです。
存在するかも分からない神の言葉を書き起こしただけの、アテにならない書物です」
リヴィオがインチキと言っていたのは、それが理由だろうか。最初から疑っていたのは、彼だけではなかった。
「私の力を少しの間だけ貸します。
結論はもう出ているでしょうから、後は貴方の判断にお任せします」
この言葉を最後にアベルの意識は闇に落ちた。
***
慌てて起きると、爆発音はすでに止んでいた。
時計を見ると、十分程度しか経っていない。
あの後どうなった。ソラはベッドの上にいる。
物音一つ聞こえない。
別の場所で引き渡しについて、話し合っているのだろうか。
手元には例の預言書があった。写しか原本かは分からない。
写しはイバラが持っていて、原本は城の書庫にあるのではなかったか。
ここにないものがあるのはなぜだろう。
本を手にとって、ページをめくる。
割と後ろのほうにあの一節が書いてあったような覚えがある。
心の中で焦りながら、慎重に探す。
文字を見落とさないように、文章を追っていく。
「あった! これだ!」
どんな方法を使っても結局、その力は解放されてしまう。本そのものをなかったことにするのもほとんど不可能らしい。
『勇者』の力に抗う方法はあるだろうか。
ページは少し力を入れるだけで、軽い音を立てる。一瞬、イバラの所有物であることが脳裏をよぎる。大事な物を壊せるはずがない。
しかし、ソラの未来と天秤にかける。答えはもう出ている。
これならいけるかも。ひとつうなずいて、勢いよく引っ張る。
「本当にできちゃった……」
毟り取られたページと預言書を交互に見る。
本そのものに何かあるわけじゃないんだ。
なんだ、ただの分厚い本じゃない。
恐れる必要なんてなかったんだ。
しかし、破っただけでは意味がない。
くしゃくしゃと丸めて、一気に口に詰め込んだ。
手紙を食べる黒ヤギの気持ちは理解できなかった。
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