第6話 運命
「あれ、ミルクじゃないんスね」
「よく見たら歯も生えてきてるし、そろそろ離乳食を始めてもいい時期かなって」
ああ、あの雑誌の山はそういうことだったのか。
自分たちが人間界を調査している間、エリーゼと共に食事について研究していたらしい。テーブルの上にすりつぶされた野菜が皿にのっている。
賢者から聞いた話を共有すべく、今日も営業後の暴食堂に集まっていた。
「やっぱり難しいかー」
何が気に入らないのか分からないが、全力で逃げようとしている。
エリーゼも仕方がなさそうに笑いながら、横に置いてある哺乳瓶を渡した。
何でも与えればいいわけでもないらしい。
「ねーねー、どうせ暇なんでしょ? ウチに来てみない?
広報としてもそろそろネタが欲しいところでしょ?」
「言い方! いっつも暇なわけでもないんスからね?」
ソラは一向に顔を見ようとしない。
というか、どうやって話を書けというのだろうか。赤ん坊を拾っただけでも議論になりそうなのに、『勇者』であることを知られたらどうなってしまうのか。
想像もしたくない。
「で、どうだったの?
賢者の人たちは元気にしてた?」
事情を把握できていないリヴィオだけが余裕をぶっこいている。
いや、知ったところでふてぶてしい態度は変わらないか。
「元気は元気だったんだが……とりあえず、聞いたことをそのまま伝える」
王家は預言書に従って行動を起こしており、賢者と協力できたこと、ざっくばらんに伝える。その場にいなかった二人は無表情ではあるものの、内心動揺しているのが見て取れる。
「我々がソラを保護している限り、王国もここには手は出せまい。
とはいえ、どうするかは今後の状況次第、だろうな」
こちらが有利ではあるものの、いつその均衡が崩れるか分からない。
非情に危うい立場に置かれている。
「オーケイ。こっちに殴り込んできたら追い返す」
この即答も彼以外にはできないだろう。
実際、王家の部隊と渡り合えるのも彼くらいしかいない。
この世界には軍事力というものが根本的にない。
世間的には都合がいいのかもしれないが、守りたいものは誰にだってある。
せめて、裏切り者でも来てくれればいいのだが、そううまくいかないのだ。
「アンタは何でそう、すぐ物騒なこと考えるんスかね。
もーちょっと平和にできないの?」
「物騒なこと仕掛けてくるのは向こうのほうでしょ。
私たちはあっちに喧嘩を売る理由はないし。
ジョーカーがこっちにあると言っても、限度ってもんがある。
いつか必ず、その子を絶対見つけ出すはずだ」
「まさにその通り。賢者の実力を舐めてはいけない。今も血眼で探しているはずだ。
『勇者』の力が消えない限り、何が何でも連れ去るだろうな」
一同は頭上の数字に注目する。ソラは「なにみてんだおめーら」とでも言いたいのか、不機嫌そうな表情を浮かべている。
リヴィオはため息をつく。
「『勇者』の力、ねえ?
完全に発動する前に封印しちゃえば?
そうすれば、ただの人間として暮らせると思うけど」
「預言書に書いてあることを覆せると思うか?
封印したところで、どのみち解放されるのがオチだ」
どのような手段をとっても解決方法があり、ソラが『勇者』になることは免れないということか。
本来なら、この状況を覆そうと考える方がおかしいのだろう。
悪は打ち倒されるべきだが、自分たちにも正義はある。
ここにいる人たちのためにも、危険分子は排除しなければならない。
***
街灯がぽつぽつと並んでおり、道は闇に覆われている。
人通りのない道をあえて選んだのも、ソラのことが知られてはならないからだ。
アベルはベビーカーを押して、エリーゼとイバラが挟むように歩く。
ソラはベビーカーの中で眠っている。
カバーをかければ数字は表に出てこないことが分かり、一安心した。
「あのさ、預言書のあのページって本当に消せないのかな」
「貴方まで何を言っているのですか……そんなこと聞いたことがありませんよ」
イバラは頭を抱える。
あの預言書には、王国にこれから起こる良いことも悪いことも全て記されている。
悪いことを回避しようとあらゆる手を尽くしたが、すべて無駄に終わった。
それらは運命と言っても過言ではなく、ただ受け入れるしかなかったのだ。
「以前、魔法は進化すると確かに言いました。
これはあくまでも技術という面で見た場合の話です。技術は発展する一方で、衰退するものです。
しかし、あの子に与えられた『勇者』の力は預言書でもって定められたものであって、魔法ではありません」
「魔法でもなかったら、それは何なのでしょう」
「それは聞かれても困りますが……その力に名前はありませんから。悲しいかもしれませんが、運命を変えることはできないのです」
少しだけ厳しめに言って、別れた。
「もしかして、私の言ったことを気にしているのですか?」
エリーゼはアベルを見つめた。
「そういうわけじゃないんだけど、リヴィオも似たようなことを言っていたから。
どうなんだろうなって、ちょっと思っただけ」
「イバラの言った通り、あの本そのものを無かったことにするのは、ほぼ不可能でしょうね。かなり強力な書物のようですし」
「そうだよねえ……」
封印したところで、時間稼ぎにしかならない。
本当に八方塞がりだ。
「けれど、貴方の思いは変わらないのでしょう?
何か方法があるかもしれません」
賢者たちに見つかったわけじゃない。
何か抜け道があるかもしれないし、諦めるにはまだ早い。
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