第7話 刹那


賢者と『勇者』探しを協力し始めて一週間が経った。

人間界に赴いて会議を繰り返してはいるものの、成果は上げられていない。


もちろん、これは表向きの話だ。

成果を上げられないように、いろいろと裏で妨害しているらしい。

これもこれでバレたらとんでもないことになりそうだが、大丈夫なのだろうか。


シェフィールドが紙の束を片手に、これまでの経緯を軽く説明する。

イバラと魔王は賢者たちと共に預言書の内容を見分し、その他大勢でソラが見つからないように妨害している。


当の本人は難しい話にまったく興味を示さず、エリーゼとボールを転がして遊んでいる。そのおかげで、どうにか話に集中できていた。


食事も道具を使うことに慣れてきたようで、スプーンを使うことに抵抗がなくなってきた。離乳食もあれこれと工夫してみたくなってきて、ワクワクし始めている。

いろいろなものに興味を示し、親も見ていて楽しい時期なのだろう。


母親はこうなる姿を見ることなく、この世を去った。

父親の行方は未だ知れず、それらしき人物も見つからない。

こうなってくると、二人とも亡くなっている可能性が高い。


『勇者』という肩書きがすべてを引っ掻き回している。

それがなければ、この家族も平穏に過ごしていたのだろうか。

本当に必要な存在なのかと、何度も考えてしまう。


「しっかし……よくもまあ、これだけ集まったっスね」


「ガラクタ部屋にいろいろあったからねー。必要なものは大体揃ってたんだ」


エリーゼ邸には、住民たちが残していった物が置いてある倉庫がある。

そこに行けば大体なんでもあるし、なぜか存在しているのだ。

赤ん坊向けのおもちゃやベビーベット、ベビーカーも探せば見つかった。

本当になぜか知らないが、置いてあったのだ。


誰の私物なのか、見当もつかない。

倉庫も物が増えてはいるものの、思い入れのある品々ばかりで、片づけがなかなか進まない。どんな商店よりも品ぞろえがいいのではないだろうか。


「とにかく、いろいろありがとね」


「気にしなくていいんスよ。

そっちに集中してもらえれば、それでいいんで」


満足したのか遊び足りないのか、駄々をこね始める。

アベルがソラを抱きかかえる。その隙を狙ってシャッターを切った。

目線がカメラに向かわないように、あえてこっそり撮るのが自分の流行りだ。


「あら、そのカメラどうしたんです?」


「この前、たまたま見つけたんスよね。

型落ちだけど、これでも性能は十分だし」


カメラを片手に嬉しそうに笑う。

もしかして、この前の調査で微妙に浮かれていたのはそれが原因なのだろうか。

衝撃的な事実を聞かされ、表情が青ざめていくのはおもしろかった。


「あの時は賢者様が俺のことを警戒してたんで、別行動せざるを得なかったんスよ。まあ、思っている以上に分かりやすい人だったらしいけど」


「じゃあ、一緒に話を聞けなかったんだ」


「そうそう、とんでもなく嫌な顔してさ。盗聴器でも仕掛けてやろうかと思った」


調査と魔王の護衛を兼ねているとはいっても、敵であることには変わりはない。

魔界から人が来ること自体、好ましい物ではないだろう。


「これだから頭の固い連中は嫌なんスよねえ。

何かあればウチらのことを排除しようとするしさ」


「そのための『勇者』なんだろうけど……まさか、こっちに来ちゃうとはね。

どうしてこうなったんだろう?」


「それが分かったら苦労してねえですよ、本当に。

どうも預言書の内容に書かれていないことばかり起きてるんですって。

それで大騒ぎになってるみたいっスよ」


そういえば、あの一節からその先を聞いていない。

一体どうなっているのだろうか。


予想外のことばかり起きているということは、少なくとも、母親が逃げることは書かれていないのだろう。

その通りに従っていれば、今も城で育てられていたのだろうか。


「一体何のための預言書だっていう話っスよねえ」


「あの本を書いた人もさぞかし驚いているでしょうね」


エリーゼは静かに笑い声を漏らす。

どんな時でも彼女は冷静に対応し、焦る姿を見たことがなかった。


「予想外のできごとなのは、お互いに同じことです。

妥協点を見つけて、穏やかに終わってほしいのが正直なところですが」


「理想ならいくらでも語れるっスよ。

そう簡単に問屋を卸してくれるわけがない」


シェフィールドは手を横に振る。


「ここまで来ると、あの本に執着している国王様もどうかしてると思うっスわ。

あんなのに振り回されている国民がかわいそう」


「けど、ソラのことは知らされていないんでしょ?

トチ狂ったとでも思われているんじゃない?」


精神的におかしくなっただけなら、どれだけよかっただろう。

狂っただけなら笑い話で済んだかもしれない。


しかし、王様は至って正気だし、本気だ。

あの本の内容を鵜呑みにし、実際にいると信じ切っている。

信者と言っても過言ではない。


「まあ、今のところ平和みたいだしね。

反乱とか起きる気配もなさそうだけど……そういう連中って分かりづらいからな」


「うまく隠れていることが多いですからね。

こちらに来ることはないでしょうが、反乱の影響がこちらに及ぶのは困ります」


「俺もこっちの人たちを巻き込んでまで戦争したくないし。

さっさと終わってほしいっス……」


これ以上は手が付けられないと、天を仰いだ。



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