第5話 残酷
しばらくして、シェフィールドが戻ってきた。
その手には来る前にはなかった荷物があり、表情もどこか嬉しそうだった。
「何を浮かれているんだ、お前は」
「いやあ、思わぬ掘り出し物見つけちゃって……なんかすみません」
「いえ、町を堪能できたようで何よりです。
それでは、報告をお待ちしております」
ライブラはもう一度頭を下げ、関所を抜ける二人を見送った。
林道を歩く魔王はずっと黙っており、考え込んでいるように見える。
「実際、どうでした?」
「想像以上に、悲惨なことになっていたよ。
このことをアベルにどう伝えればいいと思う?」
話すかどうか迷ってしまうほど、ひどいことになっていたのか。
何となく予想はついていたが、気を引き締めたほうがいいかもしれない。
「とりあえず、先代料理長が言ってたことをそのままお伝えしますね。
『お前らが思っている以上にアイツは強い奴だ。
残酷な現実から逃げさせるための優しい嘘なんかつくんじゃねえ。そっちのほうがよっぽど傷つく』とのことです」
実に彼らしい一言だ。
本人は魔界の空気を嫌って出て行ってしまった。
今頃、どこで何をしているのだろうか。
『勇者』の話を聞いてもまるで動じなさそうだし、預言書のことを聞いても鼻で笑いそうだ。
今ここにいてくれたら、どれだけ心強いか。
「頼むから、口が達者な奴をこれ以上増やしてくれるな。私の立場がいよいよ怪しくなるだろうが」
立場も弱ければ口喧嘩も弱いのか。
本人自体は決して劣っているわけじゃないのに、とんだ貧乏くじを引いてしまったものだ。
「とりあえず、アベルにはいち早く伝えたほうがいいのは確かだ。
誰よりも知りたがっているだろうしな」
「了解っス」
わざわざ夜まで待つ必要もない。
早いに越したことはないだろう。
その足でそのままエリーゼ邸に向かう。
「アベル、今大丈夫っスか?」
エリーゼが向かい合わせに座り、二人の間に雑誌が置かれていた。
カラフルなページにレシピが載っているあたり、主婦向けのそれだろうか。
「それでは、私はこれで失礼しますね。
お二人ともありがとうございました」
エリーゼは片手を上げて、部屋を出て行った。
夜になれば食堂に集まるのだ。
気にする必要はないだろう。
ソラはベビーベッドで眠り、周りにおもちゃが転がっている。
くるくるとモビールが回る横で、『勇者』の二文字と数字が表示されている。
可愛らしい小物とまったくマッチしておらず、不気味に見えて仕方がない。
「どうだった? やっぱり探し回ってた?」
「実はかなり大変なことになっているようでな、心して聞いてほしい」
ライブラから聞いたことをストレートに伝えた。隠す必要もないとなれば、恐れることはない。
シェフィールドも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、目が泳いでいる。
本当に浮かれている場合じゃないのだ。
「なんとなくそんな気はしてたけど、ちゃんと向き合うとやっぱりキツいね。
ここにいるのが分かったら、どうなっちゃうんだろう」
「そこまでは分からない。
ただ、穏やかに終わることを願うだけだ」
現状報告しか聞かされておらず、今後の対応は不透明か。
状況次第では、軍隊が殴り込んできてもおかしくない。
「とりあえず、『勇者』が魔界に捨てられ誰かに保護された……かもしれないことにしておいた。賢者のライブラ殿もこちらの状況を分かってくれたようで、共に協力することとなった」
「アンタもなかなかのぺてん師っスよね。なんか感動しちゃったもん」
「じゃあ、しばらくは大丈夫そうなんだね」
「そうは言ってもほんの短い間だと思うっスよ。嵐の前の静けさというか」
「まあ、あくまで一時的な保護という話だったしな。後でまた相談しよう」
そう言って、二人は部屋を出て行った。
入れ替わるようにエリーゼが部屋に入り、扉を閉める。
「やっぱり、王家の人たちがソラを探し回ってるんだって。
この子が『勇者』だから」
「そうなのですね。別れは案外、近いかもしれません」
エリーゼは雑誌を片付け始める。
アベルは柵の隙間に腕を伸ばし、ソラの頭を撫でる。
「魔界にね、この子がずっといるのはよくないと思うし、ソラを人間界の施設に預けたほうがいいのも確かなんだ。
頼れる人はもういないかもしれないけど、親切な人は必ずどこかにいる。
実家のご近所さんとかそうだったし、ここの人たちもそうだったから。
けど、この子がいつか大人になって、『勇者』になったとするじゃない?
そうしたら、戦うことになるかもしれないでしょ?」
彼女は隣に座った。
自分よりも聡明な彼女は、どんな時でもヒントをくれる。
「私、この子を傷つけたくない。それって変なことかな」
真顔で首をゆるりと振る。
「全然おかしくありませんよ、アベル。
短い間でも、貴方はこの子の家族だったのです。
立場が違っていたとしても、戦いたくないのは誰だって同じでしょう。
ただ、今のまま施設に預けても、王家から命令が下され、いつか必ずさらわれてしまうと思います」
王からの命令には絶対に逆らえないだろうし、隠したとしてもあらゆる手段で彼を連れ戻すはずだ。どうしたら、戦わずに済むのだろうか。
「あの預言書さえなければ、ソラは普通の子どもとして生まれていたのでしょうか」
「きっと、そうだったかもしれないね」
イバラが読み上げたあの本がなかったことにできない限り、現状は変えられない。
大きな壁が迫っているのをひしひしと感じた。
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