ACTion 15 『腐れ縁 1』

『おじいちゃん!』

 売り物にすらならないスクラップを余すところとなくぶら下げたミノ虫さながらのドアを押し開け、デミは勢いよく駆け出した。

 ここは惑星『アーツェ』。

 コロニー『フェイオン』を命からがら抜け出し、訪れた一酸化炭素飽和危機を居住モジュールの片隅より掘り起こした簡易仮死ポッドへライオンを押し込むことでしのぎ辿り着いた惑星だ。

 目的はいわずもがな、混戦海域の強行突破で受けたアルトの船のメンテナンスである。もちろんこの場所には、そのために最適なアルトのドックが構えられており、それらキットを入手するに都合のいい馴染みのギルド商人もまた店を構えていた。

 そうして訪れたギルド店舗内、デミは飛び出し、端末と各種スケールメーターを要塞のように積み上げた半円卓の中央で馴染みの『デフ6』商人は振り返る。

『おお、デミ! デミではないか!』

 サスだ。疲れにヨレた鼻溜をめいっぱい広げると、半円卓の奥から身を乗り出した。拍子に半円卓に埋め込まれた操作端末を手は押さえつけ、周囲で光学バーコードの読み取り走査線が、取引先の名を連ねたアクセスログが、入荷待ち商品の一覧が、次々と立ち上がろうと目もくれない。半円卓を回りこんで飛びついたデミの体を受け止めた。

『どう言うことじゃ! 学校からお前があのコロニーへ向かったと聞かされて、わしはどうにか行方を捜そうと……! どれほど心配したことか。怪我はしておらんか? それともコロニーへは行かなんだのか?』

『心配かけてゴメンね、おじいちゃん。ぼく、どうしてもレポートを仕上げたくて、それでフェイオンへ行ってたんだ』

 何はさておきサスの胸へ鼻溜をこすりつけ、持ち上げた顔ですまなさそうにデミは答える。しかしそれもつかの間のことだった。表情はそこで一変する。

『でも、大丈夫だよ! だって、おじいちゃんが言ってたジャンク屋のカーゴで帰ってきたんだ!』

『なに、ジャンク屋の?』

 頷きデミは、後ろを見るようサスを促した。従い振り返ったそこにアルトは立っている。

『ほ!』

『なるほど、チビの夢が将来おじいちゃんの店を継ぐことってのは、こういうことだったってワケだ』

 作業着はこびりついたススと乾燥しきった流動食でゴワゴワだ。引っ掛けアルトは、挨拶がわりとサスへ放ってみせた。

『助けてもらったの!』

 付け加えてデミが浮かべた笑みへ輪をかける。ならサスは、初めて目にした生物であるかのようにアルトを、引き連れた両脇の二体を見回していった。鼻溜を歪める。ほどいてアルトへ振り返した。

『なんじゃ、お前、しばらく会わんうちにとうとう所帯持ちになったか? のう、贅沢な。ペットまで飼うようになりおって』

『な、ペット!』

 声を詰まらせたのはライオンだ。

『あたし、この人、関係ないっ!』

 ネオンも爪先立つ。

 挟まれて引きつり笑うアルトに継げる二の句はなかった。

 やり取りにデミこそサスへつぶらな瞳を向けなおす。

『おじいちゃん、みんなのこと知ってたの?』

 教えてサスは、溶けそうな笑みをデミへ浮かべていた。

『お前は学校に行っておるから知らんかったろうが、アルトはわしの仕入先のひとりじゃ』

「ちょっと、ヘラヘラ笑ってないで、あなた、ちゃんと説明しなさいよっ」

 放置されつつある誤解にネオンが口を尖らせる。

「その通りだ。いくら雇われのボイスメッセンジャーとはいえ、そのような立場に成り下がった覚えはない!」

 ライオンもまさにがお、と吠えて返した。

 と、『ヒト』語が聞こえでもしていたかのように、その場をおさめて言葉を挟んだのはサスだ。 

『冗談じゃ。わかっとるわい』

 それから弱ったようにネオンの足元へも視線を投げやる。

『じゃがの、お前さん、これから口説くつもりなら靴くらい買ってやらんか。裸足で店へ入ってきた輩なんぞ今までおらんぞ』 

 確かに重力解放中の『フェイオン』で逃げ惑ううち、ネオンのヒールはどこぞへ脱げてなくなっている。代わる物など船になかったなら、裸足のままでここまできていた。

『そりゃ、先を見越したアドバイスをどうも。その気もわかなくて気が回らなかったぜ』

「それ、どういう意味よ」

 ネオンの言い分は理解できずとも、やり取りの様子を見て取ったサスは鼻で笑い、おさめて唐突に姿勢を正してみせた。

『ともあれ、お前さんでよかった。デミの礼は言っておくぞ。まったく、連絡せんから無駄に気をもんだわい』

 手を振って返したアルトの仕草は、ぞんざいだ。

『そいつは遠慮しよくよ。あんたの孫だと分かったのは、ここへ着いてからだ。知っていたらよその船へつっこんでたろうからな』

 それこそ笑い飛ばしてサスは鼻溜を揺らした。つられてアルトもまた頬を持ち上げる。ままにカウンターへと歩み寄っていった。

『とにかく、おかげで船のメンテが必要になった』

 手短にネオンとライオンを紹介し、こうも付け加える。

『このふたりも着の身着のままで放り出されてきている』

 と、思い出したデミ指がネオンを指さした。

『おじいちゃん。このおねえちゃんはスゴイんだよ! 地球のアナログ楽器を操れるんだ。ぼく、お手伝いをしてその音、聞かせてもらったの!』

『そうか、そうか、よかったのう。わしはまだ実際に聞いたことがないぞ。それはいい経験をしたもんじゃ』

 サスはひたすら頷き返し、デミの頭を撫でる。果てにデミへ耳打ちしてみせた。

『ならデミ、わしがジャンク屋の注文を聞く。お前がふたりをショールームへ案内して注文をとりなさい』

『ほんと? ぼくがやっていいの』

 大役を仰せつかったデミは目を、とたん大きく見開く。もちろんだ、とサスがうなずき返せばデミは、半円卓から飛び出していった。

『分かった。やってみる!』

 店内奥の粗末なドアは、各地に散らばる店舗の在庫や本部が管理しているデータを仮想ショールーム、という形で用意した部屋へと続いている。開いてデミはネオンとライオンを手招いた。

「賢明なチビなら安心だろ。ぼったくったりしない」

 成り行きに顔を見合わせたネオンとライオンへ、アルトはアゴを振って促す。なら、とふたりはショールームへ足を繰り出していった。後ろ姿はやがて、閉められたドアに見えなくなる。

 店先にはサスとアルトだけが残されていた。つい先ほどまでの騒々しさが嘘のようだ。店内は閑散とし、愛おしそうにデミの働きぶりを眺めていたサスの顔から笑みもまた押し流されてゆく。かわってコロニー崩壊以降、積み重ねた疲労をそこへ滲ませていった。

『偶然とはいえ、お前さんの船に救われるとは、あの子はまるでわしらの腐れ縁を体現しとるようじゃの』

 ぼそり、鼻溜を振るとため息をつく。

 アルトも小さく頷き返した。

『あの時、俺は、あんたに拾われたわけだがね』

『全く、宇宙は広い。広いが狭いの』

 閉じられたドアから視線を切ったサスが半円卓に埋め込まれた端末画面へ、向きなる。合図にアルトは作業着の替えと、張り替えるための船の塗膜セット、クラック検知キットや携帯食、ミールパック一式を注文していった。

『塗膜セットは、四二一番だったな。ガスはいらんのか?』

 書き留め画面を弾きながらサスは確かめる。

『いや、あんたんとこのは無駄に一級品過ぎる』

『一級品に無駄も何もあるものか』

 分かっていない、とサスはご不満だ。

『注文の品は七時間後、いつも通りドックへ届けさせるが、いいか?』

 合計金額の確認を促す。カウンターに埋め込まれた端末画面を、アルトへ百八十度、回転させた。

『元手はあるんじゃろうな。ドリーは無駄足だったんじゃろうが。ま、子守代には足りんじゃろうが、差し引いておいたぞ』

『ああ、いつも通り、じいさんの所で借りている船のドック代へ上乗せしてくれ。引き落としまでには、きっちり稼ぐさ』

 その数字へは盗み見る程度、目をやって、アルトは作業着の汚れをひとつ指先で弾き飛ばした。

『貧乏ヒマなしじゃの』

 画面を戻したサスがそこで一息つく。

『なら、残りの子守代じゃ』

 振った鼻溜は緊張のためか、声を低く変えていた。

『わしがお前さんのトラブルの力になろう』

 なるほどその話をするため、デミたちを別室へ移したのか。もうひと欠け汚れ弾き飛ばしかけて、アルトは指の動きを止めていた。そうしておずおずと上げた顔をサスは半円卓の向こうから、試すように覗き込んでいる。

『追われておるのだろう。違うか?』

 藪から棒に鼻溜を振った。

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