ACTion 16 『腐れ縁 2』
矢継ぎばや、サスはこうもたたみ掛ける。
『ドリーのジャイロか。ホロレターを出した輩が絡んでおるのか?』
言い当てられて驚きつつ、それは違う、とアルトは首を振り返していた。
『船賊だ。だが、どうして俺が追われていると分かった』
確かめる。
『ヒトの、いや、シロウトならデフ6の嗅覚でもってしても無理かもしれんがの、ここへ入って来た時から、お前さんの体から臭気マーカーの臭いがしとっての』
丸いアゴ先をつまんだサスは目を、いぶかしげと細めていった。
『臭気、マーカー?』
アルトは声を裏返す。
『そうじゃ。残留した臭い粒子の濃度で対象を追跡するシロモノじゃ。大気質を問わん』
教えられ、作業着へと鼻を押し当てた。しかし乾燥の挙句、腐敗臭すらしなくなったそこから臭うモノなど何もない。と同時に、どうりで船賊たちの追跡が的確だったはずだとひとりごちもした。
『知らなかったな。だが臭気マーカーなんてシロモノ、初耳だぜ』
『そらそうじゃろ。軍で試作を重ねとるシロモンじゃ。わしもこの間、協力しとる民間からの試作品流れで知ったところじゃわい』
『軍の?』
と、そこでサスはふい、と声をひそめる。
『あのふたり、デミもなついておる様子じゃし、悪党にだけは見えんかったが何もんじゃ』
ありありと勘繰る様子には勘違いだ、というほかないだろう。
『ああ、デミを船に乗せろと言ってきたのはネオンだ。パラシェントはボイスメッセンジャーをやっている。俺同様、匿名のホロレターで踊らされてきたクチらしい。俺宛のメッセージを預かっているってことで、受け渡しが済むまでの関係だ。あのな』
そうして一度、言葉を切った。改め開いた唇を尖らせる。
『だいたい確かめるだけにあの挨拶はこっちが迷惑だ』
『言うな。咄嗟にしてはうまいもんだったじゃろうが』
悪気のないサスに謝る素振りはなく、アルトは目を剥き返し、それすら受け流してサスは詰めた眉間でこうも鼻溜を振ってみせた。
『なら、あのふたりがマーカーを吹きかけたわけではない、ということじゃな?』
『おそらく。船賊とはつるんじゃいない』
『その様子では、お前は真正面からマークされとるハズじゃがのう』
唸ると体の前で短い腕を深く組む。
『どこでやられたのか、今すぐ思い出せ』
急転直下と突きつけた。
『お、思い出せ、つったってな。そう急には……』
同時に向けられた鋭い視線にアルトはたじろぎ、ともかく記憶の巻き戻しにかかる。脳裏に、デミを追いかけ続けた船内に船賊を、追われ続けたコロニーを、カウンターで食らった待ちぼうけを、フェイオンへ向かう独りきりの船内を蘇らせていった。いや、巻き戻し過ぎたとフェイオンの格納庫に船を預け、無数の利用者と共にシャトルで『ミルト』へ向った一部始終を、誰もいない『ラウア』語カウンターでホロレターと仏頂面の『ラウア』語店員を眺め続けていた自分を、なぞりなおす。声はそこで上がっていた。
『だッ。まさか』
『そいつか』
『店員だ。ホロレターの待ち合わせにあったラウア語カウンターのネイティブ店員だ。ヤツが思い切り俺に息を吹きかけやがった』
どう考えても正面からとなれば、無煙タバコをふかしたあの時しか思い出せない。聞いてサスはよくやった、と言わんばかり笑いかけ、ウインクとまではいかないものの覗き込むようにアルトへ突き出した片目を細めてみせる。
『デミをここまで運んだ子守代じゃ。そやつの正体、わしが調べてやろう』
などと振られた鼻溜に、アルトこそ目をしばたたかせていた。
『そんなにはりこんでもらわなくてもかまわないぜ』
突き返したのはおそらく、及ばぬところでまた自らを左右されたくないと感じたせいだ。
『何を言いおる。お前さんの手には負えんヤマじゃろうが? そもそもお前がウチの稼ぎ頭になったのはデミ同様、わしが育てたようなもんじゃしの』
だがあっけらかんとサスは返し、その当然さがなおさらアルトを刺激したなら、言葉はもう口から飛び出た後となっていた。
『よしてくれよ、この期に及んで保護者気取りか。それとも俺はまたあんたのヒト助けに付き合わされる、ってわけか?』
瞬間、サスの表情は一転する。半円卓を叩きつけるべく手のひらは振り上げられ、下ろしかけたところで思い止まるとゆっくり引き戻されていった。
『……言っておくが、わしはお前を気まぐれで拾ったのではないぞ』
店に押し殺した声が響く。
確かに言いぐさは、受けた恩義に反していた。
『……すまん』
答えるしかなく、覚えた罪悪感にアルトは言葉尻を濁す。
『死に急ぐもお前の人生じゃが、棺桶から引きずりだしたわしにも責任があると思うとる』
言葉は耳に痛く、だからしてアルトは半円卓へ背を向けた。ため息と共にそこへ体を預けてもたれかかる。
『俺の悪いクセだ。地球へホロレターが送られてから、どうも落ち着かない。おかげであのカウンターで二時間も粘っちまった。とっとと帰ってりゃ、こんなことに巻き込まれずにすんだってのによ』
あてもなく宙へ視線もまた投げた。
『だからやめとけ、とわしは言ったんじゃ』
背中越し、首を振るサスの様子は伝わってならない。
『いいや』
その顔へ、アルトは振り返る。
『だからこそ、放って置けないことだってあるんだぜ。あの家は何も示さない俺のたった一つの手がかりだった。座標上から消されていたとしても、俺のマイホームに変わりはない』
力説に、サスもゆっくりうなずき返していた。
『おかげでわしは着陸に失敗しかけたがの。年寄りにマニュアルを要求するなど、無茶がすぎる』
笑い飛ばして、今、思い出してもゾッとするといわんばかりだ。身震いしてみせた。仕草はアルトの頬もまた緩ませる。
『あんたの慌てっぷり、覚えてないのが残念だ』
と不意に、サスが視線を手元に落とした。仮想ショールームで注文された靴と船のリストはモニターの中で点滅している。
『結局、一部屋、押し潰したが、奥におったお前さんは大量のクスリでへべれけじゃったからの。覚えておるも何も、今、こうして生きとる方が不思議なほどじゃ』
鼻溜を振りながら、デミの仕事ぶりへ目を通し始めた。
『何で、記憶をなくすほど浴びてたわけだかね』
『その理由、わかるやもしれんとわしは思うとるぞ。この件に共通しとるものがあるとすれば軍じゃ。導入間際のマーカーといい、何の因果かお前さんが浴びとったクスリも軍用の興奮剤じゃったからの。どちらもそここに出回っとらん特殊なシロモノが出くわすなどと偶然にしては、出来過ぎじゃな』
『そういやぁ、重力低下が起きた時、奴ら、携帯グラビティなんてモノを装備してやがったな』
『ほう。それも、連邦軍の虎の子じゃの』
言うサスは実にあっけらかんとしている。
『だとして、過去から迎えに来たのならどうにも遅すぎるぜ』
吐いてアルトはひと息ついた。
『確かに、覚えがない俺の手には余るかもな』
『じゃろう。ここはわしに任せて、お前はしばらく船でも磨いておればよい』
促したサスの指が、デミの見繕ったリストへ発注のサインを走らせている。
『ついでに学校へ戻る次の便まで、デミの相手をしてもらえれば、わしはなおさら助かるがの』
送信を済ませ、上げた顔で微笑みかけた。ならアルトにはこう返すほかなくなる。
『冗談きついぜ、じいさん』
茶化した面持ちをすぐにも真顔へ引き戻した。
『年寄りの冷や水、ってことはやめてくれ』
なにしろ相手は連邦であり軍だ。だがサスにはそんな心配も伝わっていないらしい。
『なぁに、たまには浴びるのも一興じゃわい』
仮想ショールームのドアが開く。よほどいい買い物ができたのだろう。楽しげな声はふたりの耳へ届いていた。
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