ACTion 14 『動話解体』

 あの事件で失ったものは、その後の奔走で補填されたモノではない。失ったものはそうして補填されようと取り戻せない、そこに蓄積された情報であり、併せ持つ結論そのものだった。

 価値観というやつはいつもながら厄介だ。だからして彼らは価値観の相違という理由から、それらをあまり評価しておらず、いや、疎ましくさえ思うとラボ解体というクーデターを引き起こしたのだった。



『失礼します』

 転写した胸の階級章が反応している。間もなくドアはスライドし、過る思いを押さえ込みシャッフルは部屋へ足を踏み入れていった。だがそこにあったのは思いがけぬ先客の影だ。目にしてシャッフルは反射的に身を引いていた。出直しかけたところでこの部屋の主、F7ラボ統括者、主要二十三種内『エブランチル』種族のクレッシェに呼び止められる。

『かまいません。客人はもう帰られるところですから』

 伏せていた目を上げる。部屋の中央、中央端末にアクセスした状態で置かれている足つきのプラットボードはまず目に飛び込み、向かいにあまりにも場違いな四本の腕を持つ極Yが三体、立っているのを見た。極Yたちはプラットボード上、あの伝説的な踊り子トニックのホログラムを眺めると、何やらさかんに腕を振っている。つまりこのプラットボードは通訳に違いなく、そして誰もが見とれる動きを通訳として使用した状況に、策略的なものを感じ取りシャッフルは目を細めた。

 その緊張を見て取ったのだろう。気づかせてクレッシェが柔和な笑みを向けている。

 やり取りに気付くことなく、プラットボードをたたんだ極Yたちが意気揚々と引き上げていった。

 見送ったクレッシェが、閉まり行くドアから身を翻す。面持ちは満足げで、片隅にしつらえられた仮想デスクへ腰を下ろすと、なおざりとなっていた仕事を再開させた。

『彼らは一体?』

 押しとどめてシャッフルは歩み寄る。もちろん何をさておき確かめておきたかったのはこの状況についてで、なら問われることを待っていたのだろう、クレッシェのエブランチル独特の吊りあがった細い目は、不敵な笑みにたわみシャッフルへ向けられていた。

『今後、対象の捜索に彼ら極Yを利用することが決定しました』

 実に斬新な話を口にする。ゆえにシャッフルは、結論から入ったはずのこの話をしばし理解できずにいた。

 そう、造語が広まるより遥か昔、初の既知宇宙共通の話題と一世を風靡した極Yの踊り子、トニックの動話舞踊は、その絶大な影響力を恐れた音声言語種族にとって排除すべき対象だったのだ。だからして連邦を築き上げ、音声言語のスタンダード化により彼らを迫害してきた『バナール』や『エブランチル』を含む主要二十三種が極Yを「利用する」などと、それら歴史的背景を踏まえたうえで極Yたちが連邦に手を貸すなどと、まったくもって考えられない成り行きだった。

 だが気にも留めないクレッシェに遠慮はない。かざした手の平で仮想デスクをスリープ状態へ切り替えると、部屋で唯一の調度品だったデスクを互いの前から消し去り続けた。

『知ってのとおり、まだ存在していないモノのために我々が大手を振って回収に当たることは不可能です。ですが野放しにしておくのも、これが限界というところでしょう』

 部屋には壁がせり出したような中央端末とシャッフル、そしてクレッシェの埋まるシートだけが取り残される。

 とシャッフルへ、クレッシェはまた笑んでみせた。今度のそれは、どこか呆れたような具合だ。

『本当にあなたの考えは、すぐ顔に出るのですね』

 言葉にシャッフルはいささか慌てる。確かめるように、こわばった口元をうごめかせた。などと取り繕ったところで『エブランチル』こそ観察力に抜きん出て優れた種族である。能力は時に心の中を覗かれているのではないか、と相手を不安にさせるほどで、知っていてなおさら狼狽してしまったことに気づきシャッフルは再び悔いた。

 そんな心の動きさえ見抜いたのか、クレッシェはもとより愛想でしかなった笑みを完全に消し去る。興ざめでもしたかのような面持ちだけを残して続けた。

『確かに彼ら極Yと我々連邦が友好な関係を結べる道理はありません。それは音声言語の絶対的優位性の確立により、動話影響力の封じ込めに成功した証でもあります。ですが我々はその弊害として横暴することとなった船賊の存在までも、仕方のないことと黙認したわけではありません』

 シートからやおらクレッシェは立ち上がっていた。その目がまたチラリ、シャッフルを捕らえる。別段見抜かれて困るようなハラなどなかったが、自然シャッフルはその視線を拒んで身を固くした。読み取ったのかどうかクレッシェは視線を逸らす。

『我々は彼らへ追跡中の対象らと引き換えに、音声言語獲得のための技術提供の意思があることを示しました。さきほど彼らはそれを承諾したところです。よって以降、本作戦は極Yと共同で行うこととします』

 それはシャッフルにとって本日二度目の、信じがたい話で間違いなかった。

『まさか、自らを迫害した造語を受け入れると、彼らが言ったのですか?』

 顔に出てもかまわない。思い切り目を丸くする。

『造語普及が完了して、彼らももう六世代目です。現状を知れば、動話文化への固執が無意味に思えてくる者も少なくはないでしょう。こちらとしても動話文化に疲弊しているグループを探し出したつもりでいます。見ての通り説得力をもたせるため、通訳にはラボに唸るほど残されたトニック動話解析データを使用しました。皮肉なことですがカリスマを挟めば、彼らがこの提案を拒むことなど基本的に不可能です。これは後ほど伝えるつもりでしたが従って彼らを皮切りに、今後我々は極Yを迫害することで既知宇宙の安定を確保するのではなく、動話文化の完全解体による安定へと計画を変更する予定でいます』

 話し終えたクレッシェは、一仕事終えたように再びシートへ埋まり込んでいった。傍らに浮いていた起動ホロを遮り、仮想デスクを立ち上げなおす。次の作業へと自らを切り替えていった。

 見つめながら、なるほどこれが上の考えていたクーデターという失態への挽回策だったのかと、シャッフルは心の中で呟く。長期にわたる計画だとしても、対象の回収に加え動話と船賊の殲滅が見込めるなら、これほどうまい話もないと思えていた。そして自分がここへ来ることとなった理由が、あながちその話とかけ離れていないことに気付かされる。シャッフルは実に控えめとクレッシェへ切り出していた。

『ご報告がひとつ』

 仮想デスクを囲い立ち上がるホロスクリーンを眺めていたクレッシェが、わずかな動きで先を促す。

『先ほどラボの者が監視を続けていたハブAIに外部出力の動きがあったこと知らせてまいりました』

 聞いたクレッシェの動きが止まっていた。事実の重大さを受け取った目を、きつく細めてゆく。即座にシャッフルへと切り返した。

『出力に応答したモノは?』

『まだ。出力内容については暗号化が複雑で現在、解析中です。ですが対象とは無関係ではないでしょう。はっきりするまで時間を要するようですので、先に状況報告に上がった次第です』

 よもや裏でそんな話が進んでいるなどとは夢にも思わず、判断としては最善だったとシャッフルは内心、胸をなでおろす。納得したクレッシェが、しばし黙してデスクへ向き直った。やがて静かに指示を繰り出す。

『分かりました。極Yをそちらへ預けます。解析が済み次第、彼らへ対象追跡に必要な情報の提供を。バックアップなさい』

 その後、免疫センターの入院患者から、追跡対象のDNAが検出されたと公安より報告は入ていった。おかげで、と言ってしまうに不本意だったが、同時にツーファイブ社が秘密裏に行っていた違法実験は明るみに出ると、連邦は同社を取り締まっている。

 だがもとより問題視されていた公安の鈍磨な動きにより高速には至らず、肝心要の対象は逃してしまっていた。またもや手詰まりかと思われたその矢先だ。ハブAIの出力内容は大きく分けて三つが、解明されていた。

 一つは惑星カウンスラーの音窟座標であり、二つ目に僻地コロニー『フェイオン』の名前、その中に常設されたハウスモジュール、『ラウア』語カウンターを指定する物理配送手配の記録だった。最後の一つはあまりに脆弱なラインを経ての介入だったため痕跡のみの確認となっていたが、『惑星Op・1』の『デフ6』エリアに建つ雑居ビル、そこに操作端末を持つ古いモバイロ端末へ侵入したことと、なんらかの情報を送信した記録であった。

 ふまえてシャッフルはクレッシェの指示通り極Yたちへそれらを開示し、とりわけ日時の記録されていた惑星カウンスラーの音窟と、僻地コロニーのハウスモジュール、この二か所へ彼らを急行させた。

 果てに通信は極Yから(音窟座標に獣顔が現れた)と返されたのである。



 しかしながら何がどうなればこうした展開を招くというのか、事態はすでにシャッフルの想像を越えていた。

 と、ドアがその向こうにかざされたID内容を表面に浮き上がらせる。開いたそこにいつもの部下は姿を現していた。

『ご報告に上がりました』

 口調はいつになく厳しい。

 だからこそシャッフルは皮肉と笑って返す。

『これ以上に悪い知らせは想像できんな。気楽に聞かせてもらおう』

 かろうじて微笑み返して部下は、淀みなく話し始めていた。

『極Yから確保失敗の報告がありました。また残る座標へ航行中とも受けています』

『失敗、か』

 繰り返してシャッフルは、言葉が足りないと部下へ視線を投げる。

『対象は現れたのか』

 ならば部下は胸のIDからすくい上げた光学バーコードをシャッフルの仮想デスクへと転写してみせた。

『こちらをご覧ください。報告と共に送られてきた画像データです』

 すぐにも『フェイオン』崩壊現場中継を流すホロスクリーンの隣に、新たな一枚は投影される。極Yの頭部に搭載されていたと思しき視点画像はそこで動き出した。

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