第2話
結局、松枝を追い出すことができなかった。そして、それからも、松枝の外出が止むことはなかった。
そんなある日。松枝に抱かれた千代がけたたましい泣き声を上げた。
「やかましい! なんなのこの子。おつむがおかしいんちゃうん」
途端、放り投げるがごとく、千代を布団に置いた。
買い物から帰ったキヨは、残酷までの松枝のその様子を
……千代が殺されかねない。
そのことがあってから、キヨは
「千代はおつむに異常があるらしいので、専門の病院に預けることにしたさかい」
キヨのその話に、松枝は残念そうに伏し目がちになると、憂える表情を演出していた。そして、キヨに背を向けた途端、我慢していた含み笑いをすると、噴き出しそうになるのを懸命に抑えて部屋に戻った。
――十八年の月日が流れた。
松枝より五つ六つ若い聡は、主導権を握る松枝に
そんな
料亭〈
「社長はん、ご無沙汰どした。本日はおいでくださって、ほんまにおおきに」
紺地に白と黄の糸菊模様の付け下げを着付けた秋乃は、
「久し振りやったな。
「へぇ、許したる。聡はんも、ようおいでくださった。本日は新人の芸子はんが居るさかい、すぐ連れてきますよって」
秋乃は、聡が来るのを予知していたかのように、そう言って出ていった。
間もなく、雪見障子が開いた。そこには、
「
千代菊は三つ指をついて深く頭を下げた。
「おう、こら可愛い。さあさあ、こっちに来なはれ」
上機嫌の浩一郎が手招きした。
千代菊は、長い
「よろしゅうお願い申します」
大きな黒い瞳を聡に向けると、
「ああ。よろしく」
――千代菊に出会ってから、聡は頻繁に〈月路〉に通うようになった。
「千代菊はいくつになる」
「十八どす」
「……十八か。一回り以上も違うな」
聡が憂えを帯びた表情をした。
「やけど、聡はんはまだ二十代にしか見えまへん」
「ハハハ……。千代菊はおだてるのが
聡は満更でもなかった。
「おだててなんかいてはらへん。ほんまに二十代にしか見えへんもの」
千代菊はムキになって、上目で見た。
聡は面食らった。千代菊のその目は、若さ特有の
「……分かったよ。ありがとう」
聡は照れ臭そうに鼻で笑うと、子供を
「……ところで、千代菊はどうして芸子なんかに?」
酌を受けながら訊いてみた。すると、突然、注いでいた千代菊の手が止まった。
「……両親早うに亡くなって、遠い親戚に育てられました。……やけど、あんたにかかったお金は、働いて返してもらうさかいって。……あの家から一日も早う出ていくには芸子になるしかなかった……」
千代菊は
「……苦労したんだな」
聡は、我が事のように憂える表情をした。
「……聡はんは京
ふと気付いて、千代菊が訊いた。
「ああ、大学は東京だ。少し働いていたし。そのせいだろ」
「ほな、うちにも東京弁、教えとぉくれやす」
「ああ。けど、僕の東京弁が正しいかどうかは保証できないよ。それでも良ければ」
「うん。それでええ」
千代菊が目を輝かせた。
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