喪服を着た芸妓
紫 李鳥
第1話
善蔵の家は先代の
亀吉の未亡人、キヨは気丈な女で、亀吉亡き後も
松枝は
「あないに元気にしとったのに、
近所の者は、口々に松枝を
善蔵が床に臥してからは、松枝は寝室を別にして、善蔵に付き添うこともしなかった。千代の面倒も
五坪ほどの中庭には、
「あんたに来てもろうてほんまに助かってます。おおきに」
庭の花を眺めながら千代に乳を与えている佐江に、キヨが礼を言った。
「奥様、とんでもあらしまへん。うちこそこないな可愛い子のお世話させてもろうて、ほんまに感謝してます」
キヨは、佐江のその言葉に、苦労した人間の配慮を垣間見た思いだった。
善蔵の病は
一方、キヨの人の良いのをいいことに、程度を
そんなある夜。松枝の部屋のどんちゃん騒ぎでキヨは目を覚ました。キヨがいくらお人好しでも、限度がある。
渡り廊下を大きな音を立てて歩くと、松枝の部屋の前に来た。
「松枝はん、うちには病人がおりますんえ。もう少し静かにしてくれまへんか」
障子越しに言った。
「へぇ。お
松枝がしおらしい声を出した。ところが、キヨが背を向けた
善蔵は日に日に
「……お母はん。千代はどないしてます?」
目を閉じたままで
「へぇ。元気にしてますで。連れてきまひょか」
「あかん。病気移るかもしれへん。……お母はん。俺、まだ二十五やのに、死ぬのんか?」
「何言うてんねん。あんたが死ぬわけあらへん。
キヨは精一杯に平常心を保った。そして、自分の部屋に入ると、声を殺して泣いた。
一方、松枝はキヨに
「ほな、お義母はん、行ってくるさかい」
しおらしい口調で三つ指をついた。
「……行っといでやす」
キヨは
外に男が居るのは、年の功で感付いていた。しかし、善蔵が
――それは、キヨが寝付いて間もなくだった。善蔵の部屋から呼び鈴が鳴った。キヨは急いで身を起こすと廊下を走った。
障子を開けたそこには、善蔵の白い顔に黒々とするものが、月明かりにあった。急いで灯りを点けると、それは、口から噴き出した真っ赤な血だった。
「ぜ、ぜ、善蔵!」
善蔵の顔や手に付いた血を、キヨは綺麗に拭いた。
「……お母はん。松枝なんか貰うてすまへんかった」
「もうなんも喋りなさんな」
キヨは悔しさを噛み締めた。
菅井が駆け付けた時には、善蔵は
善蔵の死を機に、キヨの気持ちは決まった。――松枝が帰ってきたのは明け方だった。抜き足差し足で廊下を歩く松枝に声を掛けた。
「松枝はん、ちょい来てくれまへんか」
その言葉に、ピクッと肩をすぼめた松枝は、ゆっくりとキヨに振り向き、しくじったような
すやすやと寝ている千代を横目に、松枝はキヨの前に正座した。
「お義母はん、遅なってすんまへん。友達に
「そんなことどうでもよろしい。……善蔵が死にました」
「えっ……」
目を見開いた。
「単刀直入に言わせてもらいます。善蔵亡き今、あんたはもううちとこの嫁やあらしまへん。そやさかい、出ていってもらいますよってに」
キヨは
「待っとぉくれやす。うちは善蔵はんが亡くなっても、この家の嫁どす。善蔵はんの忘れ形見もおいではるのに、出ていくなんてできまへん」
悪びれもせず、松枝は平然と
(何と図々しい。この女は一体どないな
「出ていってもらうからには、それ相当の金をあげるさかい」
「お金やおへん。ここに居たいんどす。お義母はんや千代のそばに居て、お世話したいんどす」
(何が世話や! いっぺんとして、千代を抱いたこともなければ、善蔵を
「あんたはんはまだ若いんやさかい、なんぼでもええ縁がおますがな――」
「お義母はん、お願いどす。千代の面倒もちゃんと見るさかい、どうか、ここに置いとぉくれやす」
松枝は三つ指をつくと、深々と頭を下げた。
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