ツイストマニア

第7話 2018年12月24日

 

 朝の9時半を過ぎても、窓の外にはどんよりとした鈍色の空が広がっていた。喫茶店にしては遅い時間帯の開店準備に追われながら、未可は喫茶ツイストマニアのドアに目を向けた。


「雨降りそう?」


 未可が看板を表に出して戻ってきた妹の和可に話しかけると、和可はスマートフォンを見つめながら首を振った。


「……晴れそう」


 晴れそうな空とは対照的に、和可の表情はどんよりしていた。


「何その顔。どうかした?」

「どうもこうも……朝から推しの熱愛がスッパ抜かれるとか、地獄のクリスマスだよ」


 和可は未可にスマホの画面を見せつけてきた。そこには和可が激推しているアイドルの熱愛報道の記事が映し出されていた。


「ダメだもう何もやる気しない……こんなメンタルで働くとか無理」

「何言ってんの、わたしだって朝から働く気なんかないのに和可までやる気ないとか、もう店閉めるしかないじゃん」

「未可ちゃんひとりでも平気でしょ」

「こっちだってドラアゲ三期で毎回地雷ブッ込まれて解釈違いで死にそうになってんだよ! 毎週見終わった後のえげつないダメージを一週間引きずりながら働いてんの!」

「いや知らねえし……てか毎回そんなダメージ受けてんなら見なきゃいいのに」

「三期やってくれるだけでありがたいのにそんな簡単に沼抜けできない! でも正直見続けるのしんどい!」


 未可は妹の和可とともに、両親が残した喫茶店で働いている。残した、といっても、両親はふたりともどこかで生きているはずだが、離婚して店を捨ててそれぞれ

どこかに行ってしまったので、どちらもめったに連絡してこない。


 未可がここで働いているのは両親の店をつぶしたくなかったから、というわけでもない。そんな義理も思い入れも特にない。ただ、ほかに働くところがなかったからだ。会社勤めができそうもない、というのもあるが、突きつめて言えば、二次元の推しのために働いている。今の最推しは深夜アニメのドラアゲこと「ドラゴンアゲート」の主人公で、DVDや関連書籍、グッズも余すところなく購入している。イベントやコラボカフェがあれば欠かさず行くし、最近では声優沼にもハマり始めている。


 未可も和可も仕事の合間に推し活しているのではなく、推し活の合間に仕事をしているのだ。和可に至っては重度のドルオタで複数の推しがいるため、未可より仕事熱心だ。月に何度かライブ遠征に行くことを生きがいにしているので、休みの融通が利く実家の店で働いている。接客業のくせに姉妹そろって口も態度も悪い、と常連客によく言われるが、もしそのせいで店がつぶれたとしても、未可も和可も秘密の収入源を持っているため、推し活にも自分たちの生活にも支障をきたすことはなかった。


「おはよー……」


 ドアが開き、いとこの杉村衣知子すぎむらいちこが店の中に入ってきた。衣知子は未花たちと同じような理由でツイストマニアで働いているバンギャルだ。


「あれ、衣知ちゃん、大阪の遠征って2泊じゃなかったっけ?」

 

 スマホを手にうつむいていた和可が顔を上げた。


「今回は1泊だよ、さっきヤコバで帰ってきた。ちょっと仮眠させて」

「アパート帰らないの?」

「夜またライブあるから、こっちから直接行く……」


 キャリーバッグを抱えてよろめきながら、衣知子が2階に上っていった。衣知子は給料のほとんどを推しバンドと交通費につぎ込んでいる。毎月のようにライブ遠征で全国各地を飛び回り、だいたい夜行バスで帰ってくるため、彼女にとってツイストマニアは仕事場兼仮眠室と化している。

 その名の通り、喫茶ツイストマニアは色々とこじらせたオタクの吹き溜まりになっていた。

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