第6話 12月25日 午前10時12分

 

 目を覚ますと、窓から暖かな冬の光が差し込んでいた。なんだかひさしぶりによく寝た気がする。寒いし酒くさいし全身が痛くて辛いが、妙にすっきりした目覚めだった。外から聞こえる鳥の鳴き声に耳を傾けながら、仁奈はぼんやりと目を開けた。


「……えっ?」


 ぼやけた視界に飛びこんできたのは、あちこちに跳ねた金色の髪と長いまつげだった。

 未和は寝室の床で仁奈と同じ毛布にくるまっていた。未和は仁奈が声をかけようとしたのとほぼ同時に目を覚まし、キョロキョロと辺りを見回した。


「あ、おはようニナちゃん。あれ、もうこんな時間? 朝ごはん食べよ! あ、その前にお風呂入って! Tシャツとタオル貸すから」

「……未和ちゃん、わたし、ゆうべの記憶が一部ないんだけど」

「そうなの? ニナちゃんカレー食べたあと死んだように寝てたよ! うちエアコン壊れてるから寒いし毛布ひとつしかないから一緒に寝ちゃった! あ、これ朝チュンってやつかな?」

「いや、違うと思うけど……なんかごめん……」


 だいたい想像通りだったが、とんでもない迷惑をかけてしまったのにも関わらず、未和はなんだかケロッとしていた。仁奈は未和に言われるがまま、シャワーを借りることにした。


 シャワーを浴びて風呂場から出ると、未和がゆうべコンビニで買ったものをローテーブルの上に運んでいた。サンドイッチと菓子パン、バナナと500mlの紙パックのオレンジジュースと牛乳が所狭しと並べられていた。


「ケーキバイキングはいいの?」

「あのね、ゆうべ未可ちゃんから電話で、モリオンがいなくなったって聞いて」

「モリオン?」

「うちの犬」

「あ、そっか……え、大変じゃん」

「だからちょっと、実家に帰る。わたしが帰ったところで、見つかるかはわかんないけど。ごめんね」

「いいよ、全然」


 未和がスマホで電車の時間を調べている間、仁奈は半分こにされたチーズとハムのサンドイッチを口に運んだ。


「ねえ、わたしも探すの手伝うよ」

「え?」

「未和ちゃんちの喫茶店も行ってみたいし」

「いいの? せっかくのお休みで、しかもクリスマスなのに、犬探すのって大変だし……」

「全然いいよ。見つかったらケーキバイキング行こう」

「でも、犬探させてケーキまでおごってもらうの、割り合わなくない?」

「そんなことないよ」

「でも、ただでさえニナちゃん、忙しいのに」

「──仕事は、やめようと思ってるんだ」


 ごくん、とオレンジジュースを飲みこんで、未和が目をまるくした。


「仕事、やめちゃうの?」

「うん」

「どうして?」

「ゆうべからわたし、なんかおかしかったでしょ。きっとそろそろ限界なんだ。このままだとそのうち壊れそう」


 心が、身体が求めることを、我慢しなくてはならない生活を何年も強いられてきた。もう、壊れる寸前だった。


「食べたいときに食べたいものを食べられないような生活はこれ以上したくないんだ。もう限界なんだ。これからは、ゆっくり過ごせる時間がほしい。実家の野菜で作ったカレーとかを、ゆっくり食べられるくらいのささやかな余裕を持って暮らしたい」

「そっか……わかった。大事なことだね」


本当にわかったのか定かでないが、未和が深くうなずいた。


「じゃあモリオンが見つかったらケーキバイキングとカレーバイキングに行こう!」


 別にわたしはカレーが特別好きってわけではないんだけど、と言おうとして、仁奈は口をつぐんだ。わかっているのかいないのか最早わからなかったが、それでもいい、と思った。わかってもらえなくても、未和が近くにいてくれたら楽しい気がする。そう言おうとした時、未和のスマホが鳴った。未和はスマホをチラリと見ただけで立ち上がり、仁奈に視線を向けた。


「じゃあさっそくだけど、行こう」

「えっ、あ、はい」


 仁奈はサンドイッチを頬張りながらコートを羽織り、すでに玄関を出ていた未和のあとに続いた。外に出ると、絵に描いたように晴れ渡る空に白い雲が浮かび、見慣れてるはずの町の景色がやけにまぶしく見えた。


「ところで、どうやって探すの?」

「手当たり次第探す!」

「マジで?」


 未和の背中を追いかけながら、仁奈は思わず笑った。

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