第3話 12月25日 午前0時51分
「じゃあニナちゃん、明日ね」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
至近距離なのに手を振りながらドアの向こうに消える未和を見届け、部屋に入って明かりをつける。ああ、やっとカレーにありつける。米を炊く時間も惜しい、というより待っていられないので、常備しているパックのごはんがある棚を開けたところで、仁奈は愕然とした。
「ごはんがない……」
まだあるはずと思い込んでいたパックのごはんがひとつも残っていなかった。食べ切ってから買い足していなかったらしい。ここ数日ろくに帰ってきてないのですっかり忘れてしまっていた。念のため米びつも覗いてみるが、見事にすっからかんだった。
「ダメだこれじゃ……ごはんがなきゃカレーじゃない……」
ごはんがなければカレーはカレーとして成立しない。妥協してカレーうどん、という案も一瞬頭をよぎったが、この部屋にはうどんやパンといった米に代わる主食類も見当たらず、いかにここで寝て起きるだけの生活をくり返していたかを改めて痛感した。白米だけを求めて外に出る気力と体力はもはや残されていない。仁奈は思わず天を仰いだ。
……仕方がない、あきらめよう。死ぬほどつらいが、せめてお風呂に入って気を紛らわせよう。風呂に入るくらいのことでこの暴力的なカレー欲が収まるとは思えないが、この状態で眠れるはずもないし、クリスマスの夜に風呂に入らずに寝るわけにはいかない。そんなことを考えながら身を切るような思いで風呂を沸かそうとしたのに、あろうことかお湯が出なかった。一体なんてことだ。聖なる夜だというのに、何故このような苦行を強いられなければならないのか。
「ジーザス……」
そのときだった。まごうことなきカレーの香りがどこからともなく漂ってきて、仁奈は目を見開いた。よろよろと誘われるように立ち上がってドアを開け、匂いの発生源である隣の部屋の前で立ち尽くす。震える右手でノックをすれば、「はいはーい」と勢いよくドアが開いた。
「あれっ、ニナちゃんどうしたの?」
こんな夜中にノックされただけであっさりドアを開けるなんて不用心というか無防備すぎやしないか、と思わなくもなかったが、それはさておきカレーの匂いが充満する部屋の中でニコニコ笑う未和を前に、仁奈はごくりと喉を鳴らした。
「……未和ちゃん、さっき言ってた残りものって、もしかしてカレーなの……?」
「そうだよ! ニナちゃんにもらった野菜で作ったカレー!」
野菜をあげてから2週間以上は経過しているはずだが、そんなに日持ちするものなのか、と思いつつ、それは今の仁奈にとってさほど重要なことではなかった。
「……何か欲しいものできたら言って、って言ったよね」
「うん。言ったよ」
「未和ちゃんが今煮込んでるカレーが食べたい」
絞り出すような声で仁奈が訴えると、未和は一瞬だけ目をまるくして、すぐに「いいよ!」と笑った。
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