第2話 12月25日 午前0時33分
未和は仁奈が今のアパートに引っ越して2ヶ月後くらいに、隣の部屋に引っ越してきた。ガールズバンドでベースを弾いているらしく、あちこちに跳ねた髪を金色に染めていた。
仁奈は世間のバンドマン及びバンド女子に対し「素行が悪く愛想もない奴ら」という勝手なイメージを持っていたが、未和はいつもニコニコしていて、どこか小型犬のような愛くるしさがあり、仁奈の偏見をたやすく払拭していった。未和は仁奈と同じ27才だが、仁奈は彼女と話していると15才くらい年下の子と接しているような錯覚に陥った。やたらと人懐っこく話しかけてきて、人見知りであまり愛想もよくない仁奈に屈託なく接してくる。仁奈は未和と打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
「それにしても、なんだかひさしぶりに会った気がするね。隣同士なのに」
「ニナちゃんが忙しいからだよ。あっ、コンビニ寄ってっていい? 夜ごはん食いっぱぐれておなかすいちゃった」
仁奈の返事を待たず、未和は最寄りのコンビニに飛び込んでいった。クリスマスのことを思い出しても、仁奈の脳内を占拠するのはチキンやケーキではなくカレーだった。もうこうなったらなんでもいいからカレーが食べたい。コンビニならカレー弁当かレトルトカレーが売っているはずだと踏んで、仁奈は未和の後を追ってコンビニに入った。
深夜にも関わらず、コンビニの中は何人かの客がいて、少し騒がしかった。案の定というか、チキンやケーキといったいかにもクリスマス的な商品はもちろん、弁当が並んでいたはずの棚は見事に何もなく、カレーどころか総菜も品切れ状態という有り様だった。
カゴの中に菓子パンやサンドイッチや紙パックのジュースをポイポイ放りこんでいる未和を横目に、仁奈はインスタント食品が並ぶコーナーに向かい、無難そうなレトルトカレーをカゴに入れた。申し訳程度の栄養面も考えて、パックのサラダを手に取ったそのとき、「あっ」と突然背後から未和が声を上げた。
「未和ちゃん、なんかおごるよ。こないだ野菜くれたお礼」
「えっ?」
「おでんとか肉まんとかアイスとか。どれがいい?」
「待って。こないだの野菜って……」
「こないだ」と言っても2週間以上は顔を合わせていなかったからさらに前だろう、と考えながら仁奈は記憶をたどる。そういえば実家から送られてきた家庭菜園のじゃがいもやたまねぎを持て余し、未和に分けたところそれはそれは喜んでいたことを思い出す。
「べつにそんなこと気にしなくていいよ」
「えー、わたし肉まん買うよ。ニナちゃんも食べない?」
今食べるとしたら当然カレーまんだが、肉まんが並んだガラスケースに目を向けたところ、よりによってカレーまんだけが売り切れていた。
「気持ちだけ頂くよ。わたしのことは気にしないで」
今はとにかくカレーなのだ。ちょっともう意味がわからないくらい身体がカレーを求めている。欲求に意味を求めること自体ナンセンスだ。とにかくカレーなのだ。
「わかった。なんか欲しいものできたら言ってね」
未和はそう言い置いてレジに向かい、肉まんを購入してさっそくかぶりついていた。仁奈も会計をすまし、一緒にコンビニを出て歩き出した。
「それが未和ちゃんの夜ごはんなの?」
パンやジュースが入った袋を振り回しながら肉まんを頬張る未和にたずねると、未和はぶんぶん首を振った。
「んーん、これは明日の朝ごはんかお昼ごはん、帰ったら残りもの食べるよ。ねえニナちゃん、明日お休み?」
「うん」
「じゃあどっかにごはん食べ行こうよ、おごるから。野菜のお礼」
気にしなくていいと言ったのに律儀な子だ、と仁奈は思った。バンド活動をしながらバイトをしていると言っていたので経済的な余裕はあまりないはずなのに、お返ししないと気が済まないらしい。
「わかった。どこかに行こう」
「やったあ」
未和は素面なのか酔っ払っているのかよくわからないテンションで、笑いながら走り出した。走って追いかける体力は仁奈にはすでに残っていなかったが、まもなくアパートに着いた。
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