オタクと社畜とサイキック

風村 有咲

クリスマスの夜

第1話 2018年 12月25日



 カレーが食べたい。


 明日は待ちに待った休日だった。仕事帰りのサラリーマンや遊び帰りの大学生、爆睡する酔っ払いたちと共に終電に揺られながら寺本仁奈てらもとにながぼんやりと考えていたのは、駅前のカレーショップ・シズオカレーのことだった。

 ここのところ働きづめで睡眠時間もろくに取れず疲労困憊なのに、どういうわけか無性にカレーが食べたい。シズオカレーには過去に2、3回行った程度で頻繁に通っていたわけではないが、こんな真夜中に帰宅したあと自分で作る気力はおろかレトルトのストックもないことを考えれば、手っ取り早くカレーを食べるにはそこに行くしかなかった。

 なぜこんなにもカレーを欲しているのか自分でもよくわからず、仁奈は困惑していたが、こういうことは理屈じゃないんだ、と、自分を納得させた。とにかくカレーを食べないことには収まりがつかない。

 時刻はすでに午前0時半を過ぎている。まだ営業しているだろうか、とスマートフォンで調べようとしたところで仁奈を乗せた電車が自宅の最寄り駅に到着した。仁奈はスマホをポケットにしまうと、足早にシズオカレーに向かった。


「これは……働き方改革の弊害か……」


 シズオカレーはとっくに営業を終了していた。確か以前は24時間営業だった気がするが、ここ最近の飲食業界の営業時間短縮ブームの影響は駅前のカレー屋にも及んでいたようだ。

 突然のカレー発作に見舞われた仁奈のような客にとっては大打撃だが、従業員にとっては有難いことだろう。見上げたホワイト企業だ、全くもってうらやましいが、この行き場のないカレー欲をどうすればいいのかと、仁奈は途方に暮れた。


「あれ? ニナちゃん、どうしたの?」


 シャッターが下りたカレー屋の前で絶望に打ちひしがれていると、出し抜けに声をかけられた。振り返ると、仁奈が住むアパートの隣の部屋の住人である坂巻未和さかまきみわが笑いかけていた。


「未和ちゃん……いま帰り?」

「そうだよ。メリークリスマスイブ!」

「……クリスマス?」

「あっ、もう0時過ぎたから25日だ! メリークリスマス! あれ? クリスマスイブってクリスマスの夜って意味なんだっけ? じゃあ昨日も今日もおんなじ? なんかわかんなくなっちゃった!」


 何かごちゃごちゃ言っている未和をよそに、仁奈は絶句していた。すっかり失念していたが、世間はクリスマスだったのだ。よく見たら駅前の通りもクリスマスカラーに染まっていて、浮かれた若者たちがたむろしていた。


「まあどっちでもいいや! それよりこんな夜中にひとりでウロウロしてたら危ないよ。いっしょに帰ろう!」


 呆然として言葉を失う仁奈の手を引きながら、未和が笑った。

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