第15話【そのたてがみを掴み取れ作戦】

 わたしたちは再びラルスさんの家までやって来た。

 玄関の扉をコンコンとノックすると、はいよー、と軽い返事が返ってくる。

 しばらくしないうちに扉は開かれて、ラルスさんが隙間から顔を出してきた。


「やあどうもどうも、昨日ぶりだねえ! さ、入った入った!」

「お、お邪魔します」


 ラルスさんのテンションに少し押されつつ、わたしたちは家の中へ。

 部屋は意外と綺麗。お酒の匂いもそんなにしない。掃除したのかな?

 わたしたちは部屋のテーブルに案内されて、それぞれ椅子に座った。

 

「お茶をだすよ、と言っても安い紅茶しかないけれどねえ」

「ほう、てっきり酒しかないものだと思っていたが」

「ソラ、俺に初めて投げかける言葉がそれかい?」


 相変わらずソラは失礼だけど、ラルスさんは怒るどころかはははと笑っていた。

 そしてすぐに四人分の紅茶が出され、ちょっとしたお茶会が始まった。


「あら、この香り……"ウーズハニー"ですか?」

「おやリエッタちゃん、分かるのかい?」

「ええ、少々嗜んでおりまして」

「安いながらも、俺のちょっとしたこだわりなんだよねえ、やっぱり茶葉はこれが一番だよ」


 ついでにお菓子も出てきて、なんだか穏やかな雰囲気。

 紅茶をすすると、甘みのある芳醇な香りが広がっていく。

 この独特な甘みこそが、ウーズハニーと呼ばれる茶葉の特徴なのだ。

 安いとはいえこれを選ぶなんて、中々良いセンスしてるなあラルスさん。


「おっと! なんだかこのままお茶会して解散ってなりそうだから、早速作戦会議を始めようか」


 ラルスさんはそう言うと、一枚の地図を取り出した。

 それはトットコ平原の地図で、端っこの方にツギーノとハーピニアが見える。

 ラルスさんはそれを邪魔にならないようにテーブルの真ん中に置き、中腰の状態で説明し始めた。


「さて、タウロス狩りの目的地だけど、まず縄張りの位置は地図に赤い点で記してある。今回向かうのはここ、ツギーノから南東の、二つほど縄張りを越したところだ」

「ふむ、そこを選んだ理由はなんだ? どこも変わらんと思うが」

「良い質問だソラ、まず一つ目はここの地形が良い。背の高い草地が多くあり、逃げる時に利用できるんだ。そして二つ目、ここのタウロスは老いた個体で、若い個体よりも動きは鈍く、背に乗りやすい。つまりたてがみを採取しやすいのさ。あとは街に近いから、最悪助けを求める事もできるね」

「なるほど、同じ縄張りに複数体居る可能性も無いのか?」

「うん、奴らは基本的に群れない性質なんだ。まあ例外もあるけれど……」


 説明を終えると、ラルスさんは椅子に座って紅茶を一口。


「ふう……そして、今回の作戦では俺とリエッタちゃんが動く。ハルとソラは近くで見学だ、ヤバくなったら二人で助けを呼んできて欲しい」

「わかりましたけど……その、それだけでいいんですか?」


 なんだか出番なく終わってしまいそうな気がしたわたしは、つい思った事を口にしてしまう。

 ラルスさんはそう不安そうに聞く私の言葉に頷いた。


「流石にタウロスと戦えだなんて子供に言えるわけないよ、それにソラは剣を持っているけれど、足が悪いんだろう?」

「……うむ、確かにそうだが」

「ならなおさら戦わせるわけにはいかない。それに君たちはソラジマへと向かわなくてはならないからね、ここで怪我をしてリタイアだなんて笑えない」


 確かに大怪我なんかしたらソラジマどころじゃなくなっちゃう。

 でも……本当にそれでいいのかな。


「ハルちゃん、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ」

「リエッタさん……」

「ふふっ、私は簡単にやられたりはしないからね。それにハルちゃんには、万が一の時に助けを呼ぶっていう大事な役目があるでしょう?」


 リエッタさんはそう優しく微笑んでくれた。

 確かにそれは重要な役目かもしれない。だけど、二人に完全に任せてしまうのは申し訳なく感じてしまう。

 しかし、私は何も言い返す事が出来ず、リエッタさんの言葉にこくりと頷く事しかできなかった。


「まあそういうわけで、タウロス相手は俺とリエッタちゃんに任せて欲しい。じゃあ実際にどう動くか説明するけど──」


 ラルスさんの作戦はこうだ。

 まずリエッタさんがタウロスに接近して引き付ける。

 タウロスを何度かいなして、疲れてきた所をラルスさんが上空から背に着地。

 大暴れする前にナイフでたてがみを刈り取り撤収、タウロスがラルスさんの方に気が向いた隙に、リエッタさんが草地に逃げ込む……。

 聞いた感じでは、確かに良い作戦のように思える。


「──名付けて、"そのたてがみを掴み取れ作戦"!」


 ……名前は安直だけどね。


「なるほど、決行はいつ頃になりますか?」

「ナイフとか準備しなくちゃならないから、今から一時間後、ツギーノの入口で集合だ。それでいいかい?」


 リエッタさんはラルスさんの問いにこくりと頷いた。


「ええ、私は問題ありません。ハルちゃんと王子も大丈夫かしら?」

「うん、わたしも大丈夫」


 わたしとソラもこくりと頷いて、作戦に承諾した。


「うむ、では一時間後に会うとしよう」

「よし、じゃあとりあえず解散ってことで! あ、家に居てくれてもいいよ、歓迎する──」


 ラルスさんが何か言いかけた所で、リエッタさんに連れられてわたしはテーブルを立つ。


「じゃあ二人とも、私たちも準備に行きましょうか」

「はーいっ!」


 もしもの時の為に準備は怠らないようにしないとね。

 わたしとリエッタさんは玄関へと向かう。

 ソラはくいっと紅茶を飲み干してからこちらへとやって来た。


「ではラルスよ、また会おう」

「あ、うん……またね? ……ちゃんと来てくれないとおじさん泣いちゃうからね?」


 なぜかラルスさんがすごい寂しそうにしていたけれど、でもまあ多分大丈夫だろう。

 わたしたちは玄関から出ると、準備のために街の中心へと向かった。


「……これでも昔はモテモテだったんだけどなあ……しゅん」


 なぜか、ラルスさんのそんなボヤキが聞こえたような気がした。

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