第14話【乙女の心配、そして……】

 嵐のように過ぎ去っていったラルスさんを見送ったわたしたちは、とりあえず宿まで戻って、そこから自由行動することにした。

 せっかくだから、みんなでツギーノを散策しようってわたしは提案したんだけれど──。


「僕は宿に居る」


 と、ソラがその一点張りだったので、仕方なくわたしはリエッタさんと一緒に街へと出た。

 ツギーノにもブティックはあったし、見たこともない異国の商品とか気になったけれど。

 ……どうしても、わたしは楽しめずにいた。


「ハルちゃん、ソラくんの事が気になる?」


 リエッタさんがそう聞いてきたのは、街の中心部のベンチでちょっと休憩している時。

 わたしは買い物袋を抱えたまま、少し間をおいてから頷いた。


「だって、明らかに元気がないもん。ソラのやつ本当、どうしちゃったんだろう」


 ソラジマのお金が使えなかったのがよっぽどショックだったのかな。

 でも、お金が使えないだけでそんなに落ち込むかな……よくわからない。

 もしかしてわたしたちに謝った事を気にしてる? ……いや、そんなことはないか。

 うー、分かんないな……頭が痛くなってきた。


「ふふっ、ハルちゃんはソラくんの事、とっても大事に思ってるんだね」

「友達だもん、当たり前じゃん。それに……ソラは偉そうですっごい生意気だけど、本当に良い奴なんだ」


 スライムに襲われた時、本当は怖いくせに立ち向かって。

 まったく知らない世界で不安で仕方がないくせに、人の事ばかり心配して。

 表には出さないけれど本心は優しい奴なんだって、ここ数日間でよく理解してる。

 そんな友達が今、とっても悲しい顔をしている。そんなの見過ごせるわけないじゃない。


「ソラくんを元気づけられるようなもの、買っていこっか?」

「……うん、そうだねリエッタさん。それでアイツとしっかり話をしてみる」


 とにかく、理由を聞いてみなくちゃ話が始まらない。

 わたしに何ができるか分からないけれど、少なくとも友達の支えになってやりたい、そう思ったの。

 帰りにあいつの大好きなりんごを買って、わたしたちは宿へと戻った。


                  ◇


 宿の人にお願いして厨房を借りて、りんごをカットする。

 不格好だけどわたしにしては上出来だ。お皿に盛りつけてっと……よし、完成っ!

 まあただのりんごの盛り合わせだけど、ソラはきっと喜んでくれるはずだ。


 わたしは宿の階段を上がり、ソラの部屋をコンコンとノックする。


「ソラ、起きてる? 入るよ」


 ……返事は無い、まあ予想はしてたけれど。

 扉を開けて中に入ると、ベッドの上で毛布にくるまってるソラの姿があった。

 あーもう、すっかり落ち込んじゃって……見てて辛いわ、まったく。


「ソラ、ちょっと話せる?」


 ……無言かあ、よほど参ってるね。


「むう、じゃあこのりんごも要らないのね」


 そう聞いたけれど、それでも返ってくる返事は無い。

 りんごも駄目となると困ったな、どう話しかけたものか……って思っていたら。


「……ぷっ、くふふ……っ」


 あれ? ソラ……笑ってない?


「くははははっ! これは傑作だ、地上の漫画も捨てたもんじゃない……むっ」


 そしてわたしの気配に気が付いて、少し気まずそうな顔をしている。

 彼の手にはどこから持ってきたのか漫画が一冊。毛布で隠れてたけど、よく見たらベッドの上に本が山積みにされてる。

 ……えっ、なにこれ、めっちゃ落ち込んでたんじゃなかったの?


「……ノックぐらいしろ、まったく、声が小さいのだハルは……むっ! おお、りんごではないか!」


 そう言うとソラはベッドから出てきて、りんごの乗った皿をよこせと言わんばかりに手を伸ばして来た。

 服は宿が貸し出してる寝間着に着替えてる。ちょっとシャンプーの香りもするし、先に風呂入ったなこいつ……!


「どうしたハル、早くよこせ……む、不格好な切り方だな、誰が切ったのだ不器用め……」

「……このっ……」

「ん?」


 わたしは、なんだか色々と馬鹿らしくなって、感情を爆発させた。


「人がどんだけ心配したと思ってんのバカソラァッ!」

「なっ!? 急に大声を出すな……うぐぅっ!?」


 そして、皿を腹にぐいっと押し付けると、さっさと外へ出た。

 まったくもう! なんなのよ、心配して損したわ、馬鹿っ!

 しかし、何を悩んでたのやら……なんかもう考えるのも馬鹿らしいけど。

 ……はあ、もういいや、私もお風呂入ってさっさと寝よ。明日はタウロス狩りだしね。


 わたしはリエッタさんと共同で使ってる部屋に戻って、荷物を置いてお風呂へと向かう。

 宿のお風呂は値段以上のとっても素晴らしいもので、少しだけ気が晴れた。


                  ◇


 次の日、支度をした私はソラを起こしに行こうと扉を出た。

 すると、泊まってる部屋とは別の部屋から出てくるソラを見る。

 なにやらその部屋の人に感謝してるみたいだけど……まあいいか。

 わたしは昨日の事もあったので、こちらに気づいたソラに少々意地悪く接してみた。


「ソラおはよ、行くよ」

「おはよう、ハル……あー、その」

「何?」


 ちょっと気まずそうに頬を掻くソラ。

 わたしはむっとした表情で彼をじっと見つめていた。


「……昨日はすまなかった」

「いいよ、なんで落ち込んでたか知らないけど、もう元気なんでしょ?」

「うむ、解決はした。考え込んでいた自分が馬鹿らしいくらいに」

「それはわたしも一緒だよ、まったく」

「……すまぬ」


 しゅんと少し俯いて謝るソラを見て、なんだか怒られたペットみたいって思っちゃった。

 そう思ったら少しおかしく思えてきて、ついくすくす笑ってしまう。


「……ぷふっ」

「む……何がおかしい」

「だってソラ、しょぼくれた犬みたいなんだもん! あははっ!」

「だっ、誰が犬だ! 失敬な!」

「うんうん、いつものソラだ。よかったよかった!」


 わたしは反論してくるソラを見て安心する。

 いつもの調子に戻ってくれて嬉しい。やっぱりソラはこうでなくっちゃね。


「結局、なんであんなに落ち込んでたの?」

「まあ、その……本当にここは同じ世界なのかと不安になったのだ」

「どういう事?」

「地上は人間の技術で発展した聞いたが、その技術の痕跡が見当たらず、人間のお金も玩具扱い。まるで創作物に出てくる異世界のような様相に、僕は不安になってしまった」


 そっか、不安でいっぱいな所でそんな状況になったら、確かに落ち込むよね。

 帰りたいのに帰る場所がないかもしれないなんて、とっても悲しいし。


「そこで、歴史を辿れば僕の知ってる物があるかもしれないと思い、本をどこかで借りれないか宿の者に聞いたのだ。すると、それを聞いていた宿の客が話しかけてきてくれてな」

「ああ、じゃあさっき別の部屋に居たのって」

「そう、その客に会っていたのだ。彼は人間について研究している学者だった。正体は明かさなかったが言葉を交わしてるうちに意気投合してな、シエル通貨をいくつか渡す代わりに彼が持っていた学術書を借りることができた、という訳だ」


 ソラの話だと、シエル通貨を見た学者さんは物凄く感動してくれたらしい。

 こんなに状態がいいものは初めてだとかなんとか、興奮して喋っていたのだという。

 ソラはそれで、人間が地上に居たってことを確信できて、すっかり立ち直れたみたい。


「とまあ、そういう訳だ。心配をかけてすまなかった」

「もう、言ってくれればよかったのにさ。落ち込んでると思ったら漫画読んで爆笑してて、つい呆れて怒っちゃった」

「うむ、学術書に混じっていたのだが面白くてな。地上の漫画に興味が湧いてきたぞ」

「じゃあ今度書店に行こうよ、面白いの知ってるんだ」

「むっ、本当か! ふふ、楽しみだな!」


 ソラは嬉しそうに目を輝かせていた。まったく子供なんだから、ふふっ。

 よしっ! ソラも立ち直ったし、後はタウロスを何とかするだけだね!


「それじゃ、リエッタさんが外で待ってるから早く行こうよ!」

「うむ、そうしよう」


 そう言うとわたしたちは宿の外へと向かって歩き出した。


「それにしても良い宿だったね、もう一泊出来ればよかったのになぁ」

「ああそれだが、学者の奴がシエル通貨のお礼がしたいと言っていたから、数日間分の宿代を頼んでみたらお安い御用だと立て替えてくれたぞ」

「……えっ、マジで」


 うん、ソラ……今までの行い全部許すよ……。

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