第13話【平原のベヒモス】
"タウロスを狩る"。
その言葉がどれほど無謀で恐ろしいものか、平原近くに住む者で分からない者は居ないだろう。
ラルスさんが言っていた"平原のベヒモス"という異名の通り、タウロスは非常に恐ろしい猛獣だ。
ただの牛などと侮ってはいけない。体高三メートル、体長四メートル、重さ数トン、荒く太い毛でできた長いたてがみ、鋭く太い角、異常に発達した筋肉──。
特徴をいくつか挙げるだけでも、その恐ろしい風貌が目に浮かぶはず。というか、実際に追われたわたしだからよく分かる。
アカデミーの男子の間では"タウロスとベヒモスを戦わせたらどっちが勝つ?"という最強議論が繰り広げられるのが定番なほど、屈強な生き物なのだ。
「無謀だ、って言いたいような顔してるねえ」
「あ、当たり前ですよ! だってあのタウロスですよ!?」
「うん、その通り。魔牛、平原の嵐、追跡者、怪物……異名を挙げたらキリがない、まさにベヒモス級の化け物だ」
ラルスさんは自分が無茶なことを言っているのを自覚しつつも、こう続けた。
「だけどね、奴らの素材がとても高値で売れるんだよ。肉や血は滋養があって高級料理や薬の材料に、たてがみは高級な弓の弦に、角は加工して防具に。全てが余すことなく利用できるんだ」
「ですけど……! あんな猛獣どうやって倒すんですか?」
「いいや、何も倒さなくてもいい。ちょっと奴らの背に乗ってたてがみを一束"拝借する"だけでもいいんだ」
それって、ご先祖様がやってたやつじゃん……!
歴史の授業で習ったけれど、わたしたちハーピニアに住むハーピーのご先祖様たちは、成鳥の儀としてタウロスに挑む風習があったの。
内容は上空から背に飛び乗り、タウロスのたてがみを毟ってくること。ただそれだけ。
ただそれだけのことなんだけど、タウロスにやられたと思わしき若い遺骨が、遺跡からいくつも見つかってるんだよね。
つまり狩るにしろ乗るにしろ、ものすごーく危ない。以上、歴史の授業でした。
「最近は危険だからかタウロス狩りも行われてなくて、かなり素材の値段が高騰している。一攫千金を掴むなら今がチャンスって事さ」
「でも、実際にタウロスからたてがみを奪えるんですか?」
「正直言うと、俺だけじゃ無理だよ。だからこの手段は本当にヤバいって時にって決めてたんだ。……でも、リエッタちゃんを一目見た時、彼女と組めばイケると思ったのさ」
「リエッタさんと……?」
ラルスさんはこくりと頷いて、リエッタさんを指差した。
正確には──リエッタさんの"槍"を。
「その槍、"ツェペシュ"だろう?」
「……ええ、よくご存じで」
「実物を見るのは初めてだけど、話では聞いてるよ。ヴァンパイアが誇る"血吸い槍"の噂はねえ」
ツェペシュ? 血吸い槍?
うー、私の知らないところで話が進んでいく……!
「あの、すみません、ツェペシュってなんですか?」
「まあ現代っ子には分からないよねえ、特にイリス大陸は戦争とは無縁だから、武器マニアじゃないと知る機会はないだろうし」
むっ、なんかちょっと馬鹿にされた気分……。
ちょっとむすっとした表情を見せちゃったけど、ラルスさんはツェペシュについて教えてくれた。
ヴァンパイアの騎士ならだれもが憧れる"絶対的名誉"であり、ヴァンパイアの騎士をつわものと言わしめる原因となった"究極の槍"。それがツェペシュ。
その特殊な機構により、斬っても鈍らないどころか"斬れば斬るほど切れ味が増す"という摩訶不思議な槍なのだという。
流石に定期的な手入れは必要ではあるが、戦闘中に鋭くなるそれを見た敵兵から"血を吸う槍"として恐れられていたんだとか。
「作れる数に限りがあるから、ツェペシュが扱えるのは相当な実力を持つ者と聞いたよ。つまりリエッタちゃんはハルが思ってる以上に実力者ってわけさ」
「そ、そうなんだ……」
思えば確かに、離れていた場所から動くスライム目掛けて的確に槍を投げて命中させるなんて、もの凄い芸当だよね……。
リエッタさんはピクリとも表情を変えず、ただラルスさんの話をじっと聞いていた。
「近衛兵か、それとも騎士隊長か、はたまた武功に名高い者だったのか……まあ深く聞くつもりは無いけれど、とにかくリエッタちゃん、君に協力してもらいたいのよねえ。断ってもいいけれど、その場合は三ヶ月待つか、それともハルと一緒にアルプの酒場でフリフリの衣装を着て働くか……へへへっ、俺は後者の方が仕事の後の楽しみ増えるからいいけどねえ」
「……その洞察力、駄目と分かったら即座に別の案を考える機転の早さ、そして深い知識量、船乗りにしては少し異様ですね」
「やだなあリエッタちゃん、探らないで欲しいな? 俺はちょっと物知りな船乗り、リエッタちゃんは旅する騎士、それでいいじゃない?」
「ええ、その通り。これ以上の探り合いはやめましょう」
そう言うとリエッタさんは、少し硬かった表情を緩め、ふっと警戒を解いたかのように見えた。
「貴方は私が協力すれば、タウロスを狩れると言いたいのですね?」
「その通り。まあさっきも言った通り実際に狩る必要はないよ、ちょっと"引き付けてくれる"だけでいい。だがもちろん危険だし、命の保証はない。あとはリエッタちゃん次第──」
「もちろん受けましょう」
リエッタさんは即答した。相手はあのタウロスだというのに。
平然と言ってのけるそれには、ラルスさんも少し度肝を抜かれていた。
「り、リエッタさん! 何もタウロスと戦うまでしなくていいよ、わたし頑張って働くし!」
「ハルちゃん、その必要はないわ。ここで足止めされていては、いつまでたってもソラジマにたどり着けないもの」
「でも、リエッタさんに何かあったら……」
「心配しないで? こう見えても私、結構強いんだから」
にこりと笑うリエッタさんを見て、私は何も言えなくなってしまった。
リエッタさん、どうしてそこまでしてくれるんだろう……?
「その決断力、ますます惚れるねえホント……俺も全力でサポートするよ、それじゃあ早速作戦会議を──」
と、ラルスさんが家に招き入れようとしてくれたその時。
「ラルスてめえコラァーッ! 今何時だと思ってやがるッ! さっさと仕事に来やがれェッ!」
「ひいっ! この声は鬼の班長!?」
振り向くと、なんとさっき場所を教えてくれた船乗りさんが近くまで来ていたのだ。
気が付けばかなりの時間を話してしまっていた、ちょっと申し訳ないことしたかも。
「というわけでみんな、作戦会議はまた明日っ! これ以上怒らせたら本当に酒蒸しにされちゃうから!」
そう言うとラルスさんは家の鍵を閉めて、走って船乗りさんの元へ。
ガミガミ怒られながら職場へと向かう哀愁漂う背中を、わたしは見送った。
「ええ、と……とりあえず、また明日かしら?」
「うん、そうみたいだね……」
すごく、その……濃い人だったなあラルスさん……。
タウロス狩りの時、本当に大丈夫かなあ。
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