第12話【かもめのラルス】

 港に着いたわたしたちは、その大きさに圧倒されていた。

 ツギーノの街はここ"ツギーノ湾"を沿うように作られていて、非常に大きな港を持っている。

 いくつもの大型商船が止まっていて、交易商に雇われている船乗りさんたちが忙しなく積み荷を運んでいた。

 

 さて、何処から声を掛けようかなあと悩んでいたら、リエッタさんがある場所に目を付ける。


「二人とも、あの場所で積み荷の取引をしているみたい」

「ん? あ、本当だ、なんか人だかりができてるね」


 大きな小屋の前で、異国の香りがする衣装に身を包む人たちが集まっていた。

 その人たちは青い帽子を被った人の話を聞き、何かを考えてたり手を挙げたり。

 リエッタさんが言う通り、取引の一種……なのかな、よくわからないけれど。

 まあ、多分あの小屋にツギーノで働いてる人が居ると思うし、とりあえず行ってみようっ!


「ほら、ソラ行くよ」

「……ん、ああ、すまない」


 ソラはというと、あの宿屋の一件から意気消沈しっぱなしだ。

 今も海をずっと見つめて、何かを考えている様子だった。

 本当どうしたんだろう、さっきまですごく偉そうにしてたのに……うーん、調子狂うなあ。


 わたしはリエッタさんと一緒に落ち込むソラを連れて、その小屋の中へ。

 扉の無い大きな入口では船乗りのおじさんたちが忙しなく行き来している。

 うーん、話聞いてくれそうな人は居るかな……?


「おい、そこの! ここは関係者以外立ち入り禁止!」


 あ、まずい、怒られちゃった……。

 少し遠くで作業をしている青い帽子を被った船乗りさんが、わたしたちを指さして注意する。


「すみません、人を探していて!」


 わたしはその人に聞こえるように、声を張り上げた。

 するとその船乗りさんはわたしたちの近くまでやってきてくれた。

 中に入られるよりはいいと思ったのかな、まあとにかくありがたい。


「人って言ったか、船乗りか?」

「はい、ラルスって言うハーピーの船乗りなんですが……」


 そう聞くと、その人はむっとした表情に。

 何かまずい事でも聞いちゃったかな……?


「嬢ちゃん、ラルスの知り合いか?」

「えっと、わたしの父が知り合いで、ツギーノに来たらその人を尋ねなさいと言っていたので……」

「なるほどそうかい、じゃあ家の場所を教えるから、ついでに伝言も伝えといてくれ」


 そう言うと船乗りさんは、怒りを爆発させるようにラルスさんへの伝言を言った。


「とっとと起きやがれこの飲んだくれッ! 酒蒸しにするぞッ! ……ってな」

「は、はあ……分かりました」

「ふう……すまないね嬢ちゃん、あんたに怒ってもしょうがないんだが、あの野郎この忙しい時期に来やしねえ、知り合いならちゃんと叱っといてくれ。場所は港をそこから出て二つ目の曲がり角を右に曲がった場所、白い風見鶏が目印だ。頼んだよ」


 わたしたちに場所を教えてくれた船乗りさんは、再び自分の持ち場に戻って忙しそうに作業をし始めた。

 ううん、なんとも邪魔しちゃ悪い時に来ちゃったみたい。

 しかし話を聞く感じ、ラルスさんってなんていうかその……駄目そうな感じがする。


「ハルちゃん、大丈夫?」

「うん、ちょっとびっくりしちゃったけど……でも場所は分かったからよし! 早速行こうっ!」


 そう言ってわたしとリエッタさんは小屋を出ようとする。

 けど、ソラがまた考え事をしているみたいで、その場で立ち止まっていた。


「……ソラっ!」

「ん、ああ、うむ……すまぬ、行こう」


 そう言うと、声の調子を落としたまま歩いてくるソラ。

 あまりにも様子がおかしい、まだ気にしてるのかな。


「もう……わたしもリエッタさんも怒ってないから、そんなに落ち込まないでよ」

「……ああ、そうだな、すまぬ」


 そう言うとソラは再び口を閉じ、わたしたちにゆっくり着いてくる。

 その様子を見て、これじゃうっかり迷子になるかもと思い、ソラの手を引いて行くことに。

 多分いつもだったら「子供扱いするな」とか何とか言うだろうに、この時はとっても素直だった。

 ……本当、どうしちゃったんだろ、ソラ。


                  ◇


 ええと、船乗りさんが教えてくれた場所に来たけど……あ、白い風見鶏。あそこかな?

 なんかニワトリというよりはカモメみたいな形してる、ちょっと面白い。


 わたしたちはラルスさんの家にやって来た。

 カモメの風見鶏以外は他のと変わらない普通の平屋。あ、でも窓辺に綺麗な花が咲いてる。

 意外と花好きなのかな? なんて思いながら、わたしは玄関の扉をノック。


「ごめんください、ラルスさん居ますか?」


 …… …… ……。


 返事はない。うーん、寝てるのかな……?


「ラルスさん! すみませーん!」


 ……だめだ、居ないのかな。それとも居留守か、相当飲んじゃったのか。


「ハルちゃん、"伝言"を伝えてみればどうかしら?」

「えぇ……恥ずかしいよ」

「うーん、じゃあ私が──」


 リエッタさんいいよ、という間もなく。


「"とっとと起きやがれこの飲んだくれッ! 酒蒸しにするぞッ!"」


 凛としていて、かつ堂々とした怒号が住宅街に響き渡った。

 さ、さすが軍人さん……これはどんな相手でも目が覚めそう……。


「……ちょっと力み過ぎちゃったかしら」

「ア、アハハ……」


 しかし、リエッタさんの怒号と同時に、ドタンバタンと家の中で何者かが慌てて支度をしているような音が聞こえてくる。

 そして音が止み、しばらくした後、そーっと扉が開かれた。


「……ふうっ! なんだ、コワーイ人かと思ったけど、美人さんかぁ」


 ちらりとこちらを伺い、想像していた人物と違うと分かると、扉はぎいっと大きく開かれる。

 ぼさぼさの白髪、無精ひげ、半袖短パン、足首にミサンガ……あと変なサングラス。

 いかにも怪しいというか、自堕落した生活してそうだなーって感じのハーピーが現れた。

 想像してた通りの水鳥種。カモメみたいな手翼をしていて、翼の指で頭をぽりぽりと掻いてる。


「ん? おおっ、同族のお嬢ちゃんも居るねえ……? 小さい翼に桃色……君ひょっとして、ハルって名前かい?」

「えっ……ああ、はい、そうですけど……」

「ああーやっぱりか! 君のお父さんから色々話は聞いてるよ、よくここが分かったねえ!」


 なんだか親戚のおじさんみたいに喜んで、頭を撫でてこようとしてくる。

 わたしは反射的に避けた。ついでにちょっと睨んじゃったかもしれない。

 彼は少しショックだったみたいで、がくりと肩を落としていた。


「……まあいいや、初対面だもんね、そりゃそうか」

「あの……ラルスさん、でいいんですよね?」

「んあぁ、もちろん! 俺がラルスだよ! ハーピニアから来たんだろう? 近いとはいえ大変だったろう!」


 な、なんかテンションの上がり下がりが激しい人だ……酔ってるのかな?

 家の中からちょっとお酒の匂いもする。まさか、朝まで飲んでてそのまま寝ちゃったとか?

 ……うーん、容易に想像できちゃうのが悲しい。


「そしてそこの綺麗なお姉さん! よければお知り合いになりたいねえ、へへへっ」

「……リエッタと申します」

「うーん、リエッタか、いい名前だねえ……どうだい? アルプの酒場で今から一杯、しっぽりと──」

「遠慮しておきます」

「あぁん振られた! ショック!」


 なぜかオネエ言葉になってクネクネ動くラルスさん……変な絡まれ方してリエッタさんも災難──!?

 り、リエッタさんの眼が、なんかこう、言い方悪いけど、俗に言う"ゴミを見るような眼"をしてる!?

 これ以上ラルスさんがリエッタさんに絡んだら、大変なことになりそう……!


「ら、ラルスさん! ええっと、お父さんから手紙を預かってるんですけど!」

「ん!? ああ、そうなのかい? どれ、見せてくれ」


 わたしは事態がややこしくならないうちに、日記の間に挟んでいた手紙を急いでラルスさんへと渡す。

 恋文かな? なんて変な事言いながらラルスさんは手紙を読んでいた。

 にへらと笑っていた緩い表情は、少しだけきりっとして。


「ふんふん……なるほどねえ、事情はよーく分かったよ」


 そう言うとラルスさんは柱に手を付けて、少し下がっていたサングラスをくいっとあげた。


「ハル、そこのローブ着ている子がソラかい?」

「あ、はい、そうです」

「なるほど、道理で素性を隠さないとといけないわけだ。人間なんだろう、その子」


 そう言うとラルスさんはうーん、と唸りながら頭を掻く。


「ソラジマだかなんだか知らんけど、そこに行く手助けをしてやりたい。……やりたいのは山々なんだが、ちいと困った事があってね」

「困ったことですか?」

「ああ、俺は一端の船乗りだが、親父から受け継いだ船が"あった"んだよねえ……」

「えっと、それって……」


 今度は頬を掻きながら俯いて、凄く言いにくそうにしている。

 少し間を開けた後、ラルスさんは重い口を開く。


「…………ゃった」

「え?」

「取られちゃった、借金のカタにって。てへへへ……」


 ……本当、お父さんなんでこんな人と知り合いなんだろう。


「ああそう睨まないで! 借金自体はもうすぐ返せるんだよ、頑張って働いて貯めたんだ!」

「はあ……いつ返せるんですか?」

「あー、まあ、その……三ヵ月後、とか?」

「……ちょっと船乗りさん達を呼んできますね」

「あー! ごめん呼ばないで! 本当に酒蒸しにされちゃう!」


 行こうとする私たちを必死に止めるラルスさん。

 三ヵ月もここで足止めだなんて、待っていられるわけないじゃない、まったく。


「ちょいちょいちょい! 話は最後まで聞くものだよ!?」

「どうせ"わたしたちも働けば早く返せるから手伝って"とかなんとかじゃないんですか?」

「ぎくっ……んいやいや、そうじゃないよ! 三ヶ月分を一気に稼げる方法があるんだ! 信じてくれよお!」


 必死に懇願するラルスさんを見て、はあとため息をつくわたしたち。

 とりあえず話だけでも聞いてあげようと、家の前に戻って来た。


「それで、その一気に稼げる方法ってなんです?」

「あー、まあ……かなり危険な橋を渡ることになる。って言っても違法じゃないんだが──」


 するとラルスさんは、驚くべき事を口にしたのである。


「平原のベヒモスと名高いアイツ……"タウロス"を狩るのさ」

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