第16話【タウロス狩り】

 ……一時間後、とちょっと過ぎたくらい。

 わたしたちはラルスさんと合流して、タウロスの縄張りを目指している。


 準備をしたといっても、医療品を揃えたり武器の手入れをしたくらい。

 ラルスさんは革製の防具を着て、鋭いナイフを腰に携えてやって来た。

 なんでもタウロス狩りの為に前々から準備していたんだとか。


「そういえばラルスさん、お仕事は大丈夫なんですか?」

「ああ、それなんだけどさ……休みくださいって言ったら駄目って言われてねえ……うん、まあ、その、色々あって今無職」

「ええっ!? タウロス狩りに失敗したらどうするんですか……?」

「失敗なんて考えてないさ! このチームなら必ず成功する! してくれなきゃ、うん……内臓でも売ろうかな……」


 ついでにこの狩りにラルスさんの内臓が掛かってる事も知りつつ。

 ツギーノから南東、タウロスの縄張りを二つ越えた先にやって来た。


 わたちたちは背の高い草むらに紛れ、目的のタウロスを探す。

 周囲の草むらはなぎ倒されたり、何者かが食べたような跡がある。

 この周辺にタウロスが居るのは確実だ。実際にタウロスの縄張りを通った事あるから見たことあるし。


「……居ないな、本当にここなのか?」

「情報だと間違いないはずだけどねえ……」


 あまりにも静かだからか、ソラは情報をちょっと疑ってるみたい。

 わたしたちが追われた時も急に現れたから、何処かで静かに草でも食べてるのかな?

 うっかり目の前に現れたりしたらいやだなあ……っと、あれは……?


「……あっ、居たよみんな」


 わたしは紛れている草むらの合間から、とある場所を指さした。

 その方向にはまた別の草むら……だけど、がさがさと音を立てて大きく揺れている。

 そして合間から、とてつもなく大きい角がちらりと見えた。


「おっ、見つけたねえ……お手柄だよハル」


 ラルスさんはナイフを手に取り、こそこそと草むらを移動し始める。

 少し離れた所に陣取るつもりなのかな。


「じゃ、リエッタちゃん頼んだよ、動きを見て俺も飛び出すから」

「分かりました、では──」


 そう言うとリエッタさんはツェペシュを構え、草むらを一気に飛び出した。


「ハルとソラは監視を頼む、リエッタちゃんが危ないと思った時はすぐに街へと連絡してくれ」

「うむ、任せておけ」


 ラルスさんはそう言って場所を移動する。多分奇襲がしやすい位置に行くんだと思う。

 残されたわたしとソラはリエッタさんの行動をじっと見つめていた。


 飛び出したリエッタさんに気付いたタウロスは、草むらから飛び出してリエッタさんを威嚇する。

 ぶるるっと鼻息を荒げ、角をぶんぶん振り回しているのだ。

 その身体には無数の傷跡、と腹部に何か刺さったかのような大きな傷があった。

 多分、タウロス同士でも縄張り争いをしてるんだと思う。その姿から、かなり古株の個体だと予想できた。


「参るッ!」


 リエッタさんはそう叫ぶと、タウロスへと向かって駆けた。

 タウロスもその叫びを戦いの合図と判断したか、大きく鳴いて突進。

 リエッタさんをひき潰そうと向かってきたのである。


「リエッタさん……!」


 わたしは不安になりながらその様子を見ていた。

 あの巨体の突進をどういなすのだろうか、息をのんで見守っていた。

 

 横に避けるもその巨体、ステップ程度で避けられるものではない。

 最初から避ける体制であれば大丈夫なんだろうけど、リエッタさんはむしろ立ち向かっている。

 あの勢いじゃ避けられないんじゃ、と思ったのもつかの間。


 リエッタさんは突進してくるタウロスと接触する前に槍を地面に突き刺して、まるで棒高跳びの要領で宙を飛ぶ。

 そして槍を引き抜いて空を舞い、タウロスの頭を飛び越したのだ。

 さらにその槍をタウロスの身体目掛けて突き刺し着地、そのまま槍を引き抜いて背を駆ける。


 タウロスは大暴れしてリエッタさんを振り落そうとするが、不思議とリエッタさんは落ちずにいる。

 暴れだした瞬間槍を思い切り突き刺して、堪えているのだ。

 目的はタウロスを倒す事ではなく、疲れさせる事。なればたしかに、暴れさせた方が効率的。

 まるでロデオのように暴れ牛を乗りこなすリエッタさんを見て、歓声を挙げたくなった。


「リエッタさん凄い……!」

「うむ、さすがは僕の騎士だ。ツェペシュを授かっただけの実力はあるようだな」

「もう、偉そうにして」


 草地の中でふんぞり返るソラを見て呆れるわたし。

 もう、自分は観戦組の癖に……ってわたしもか。

 

 とにかくタウロスはリエッタさんを振り落そうと懸命だったものの、次第にその動きは鈍くなっていく。

 鼻息は荒く、振るう角の勢いも緩やかに。たてがみを掴むなら今がチャンスかもしれない。

 リエッタさんの表情にも少し疲れが見える。ラルスさん急いで……!


 次の瞬間、タウロスが大きく鳴いたと同時、近くの草むらからまるで射出されるかのように飛び出す白い影。

 手翼を大きく羽ばたかせ、一直線にタウロスの頭目掛けて飛んだ。


「リエッタちゃん、走れ!」


 ラルスさんはそう言うと、タウロスのたてがみを根本から片足で掴む。

 そして、もう片方の足に掴んだナイフでたてがみを切り落としたのだ。

 まるで歴史の授業で教わった一面を再現しているかのような光景に、私は目を奪われる。


 タウロスの注意がラルスさんの方へと向き、風を切りながら角を振るう。

 ラルスさんは上空へと急いで飛び立ち、角を間一髪避けた。

 片足には太いたてがみが握りしめられている、作戦は成功……したかに思えたの。


 リエッタさんが槍を抜き、背から降りようとした時。

 ラルスさんが、遠方から来るその異変を察知した。


「……おいおい、嘘でしょ!?」

「どうしたんですかラルスさん!」

「リエッタちゃん、早く隠れて! こいつ──"子持ち"だ!」


 間もなく聞こえてくるのは、大きな雄たけびと激しい足音。

 わたしとソラの横を抜け突進してきたそれは、若い個体のタウロスだった。


「っ……!」


 リエッタさんは急いで降りて逃げようとしたけれど、逃げた先の草むらも大きく揺れ始めた。

 束の間に現れたのは、また若いタウロス。奴もまたリエッタさん目掛けて突進してきたのである。

 咄嗟に避けたリエッタさんだったけれど、後方から来るタウロスに対応できず──。


 刹那、そのタウロスの進行方向が横へと逸れる。

 ラルスさんがたてがみとナイフを投げ捨て、一目散に突進。

 タウロスのたてがみを引っ張って方向を変えたのである。


「こんのっ……! うわあっ!?」


 しかし、すぐさま振り回されてバランスを崩し吹き飛ばされてしまう。

 ラルスさんは近くの地面に落下、タウロスはそのまま通り過ぎ、勢いを殺した。


「ラルスさんっ!」

「ったた……リエッタちゃん、大丈夫かい」

「私は無事ですが……くっ、三体ですか」


 リエッタさんたちを中心に、三体のタウロスがぐるぐると回って鼻息を荒げている。

 老いてるからもう子供は完全に巣立ちしてると思ったのに、まずい事になっちゃった……!


「どういうことだ……タウロスは群れないんじゃなかったのか?」

「三匹とも家族なんだよ! 鳴き声を聞いて巣立ったばかりの子供が駆けつけて来たんだ!」


 巣立ったばかりのタウロスは家族間の絆が強く、時々群れる事があるって聞いたことがある。

 繁殖期に近かったとはいえ、この古株のタウロスが子供を作る年齢じゃないのを確認してないなんて、まずありえないだろう。

 きっとラルスさんもこれは予想外だったに違いない……急いで助けを呼ばなくちゃ、リエッタさんたちが危ない!


「待てハル」


 わたしが急いで駆け出そうとすると、ソラにぐいっと手を引っ張られる。

 ソラの視線はタウロスの方へと向いていて、そこを動く気は無いように見えた。


「ちょ、ソラ、何してんの、急いで!」

「家来を見捨てていくなど、僕には出来ない」

「何言ってんのさ、私たちが助けを呼ばないとリエッタさんたちが!」

「助けを呼んでいる間にやられたらどうする? 相手は三匹も居るんだぞ? ……それに僕も策なしに言っているわけじゃない」


 ソラはタウロスを指さして、その"策"を言った。


「ずっと見ていたが、タウロスは動きは素早いが小回りが利かない。それにあの図体が三匹も揃えば相打ちも狙える。さらに僕たちはまだ気づかれていないから奇襲もできる……上手くいけば倒せるかもしれない」

「倒すって、どうやって! わたしには武器は無いし、ソラは足が──」

「ハル、忘れたのか? "僕の足代わりになる"って言ってたじゃないか」

「……!」


 つまり……"わたしに乗って戦う"って事!?

 確かに足代わりにはなるって言ったけど、そんなの想定してないよ!

 でもソラはやる気だし、こうしてる間にもリエッタさんたちが危ないし──!


「安心しろ、騎馬での戦い方は心得ている」

「だから馬じゃない……けどっ! あーもう、やる気なんだよね!?」


 わたしはソラの前に出てしゃがみ込み、背中に乗る様に促した。


「乗って! 最速で飛ばすから!」

「かたじけない、ハル」


 ソラは背中に乗り、鞘から剣を引き抜いた。

 装飾に飾られた、煌びやかな剣が太陽の光を反射する。

 わたしはそれを準備完了と捉え、全速力で駆け出した。


「……父上の剣、宝剣"フェルム"よ、僕に力を貸してくれ!」


 ソラがそう強く呟いた時。

 剣がきらりと、それに応えるかのように光輝いたのが横眼で見えた。

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