第10話【港町ツギーノ】

 ──初めての野営から、丸一日とちょっとが過ぎたくらい。


 わたしたちは今、整備された街道を歩いている。

 ここは旅人や交易商さんたちがよく使う道で、何人もの他種族の人たちとすれ違った。

 時々ハーピニアからの商人さんも、大きな袋を背負って飛んでいくのが見える。

 もう港町ツギーノは目と鼻の先、あと歩いて数時間もすれば到着できる距離だ。


 なんで最初から使わなかったのかって言うと、整備されてない道を通った方が近いから。

 地図を見ると、街道はすごい曲がりくねったりしていて、律儀に通っていたらもう数日は掛かっていたと思う。


https://31027.mitemin.net/i492707/


 どうしてこうなっているのか疑問に思っていたけれど、リエッタさんが言うにはタウロスの縄張りを避けるようにして作られているんだとか。

 そう考えると、最初に縄張りへ突っ込んだのはまあ、必然だったというかなんというか……アハハ……。


「ふむ、人の通りが多いな」

「ハーピニアは都会だからね、ツギーノから来る観光客の人はいっぱいいるんだよ」

「そうなのか。しかし、観光客が居るのなら馬車の定期便くらいあるだろう? その方が楽だろうに、なぜ乗らなかった?」

「だって走った方が速いんだもん」

「ああうん……流石だな、ハルは」


 若干ソラに引かれたような感じがするけど、事実なんだからしょうがないじゃん。


 あ、そうそう。ソラは今、リエッタさんが用意してくれた麻のフードローブを着ている。

 昨日の夜にリエッタさんが何かしてるなーって思ってたけれど、どうやらバッグの中にしまってあった自分のローブをソラの身長に合わせて切ってくれていたみたい。

 まあそれでも少しだけぶかぶかだけど、正体を隠すのには十分。

 人間が現れたーなんて知られたら、きっと大変なことになるだろうしね。


「ごめんねリエッタさん、大切なローブ貰っちゃって」


 って、ソラの代わりにわたしは謝ったけれど。


「いいのよハルちゃん、ローブなんてまた買えばいいんだから」


 と、にっこり微笑んでくれたの。本当に良い人だよね、リエッタさん。

 こんな素敵な人がわたしたちの仲間になってくれていいのかな? なんて思ってしまう。

 もう渡したパン以上に働いてくれてるし、なんだか申し訳なくなっちゃうなあ。


 ……よしっ、後でこっそりソラと相談して、リエッタさんに何かプレゼントしちゃおう!

 ソラも「忠臣には褒美をやらなくちゃな」とかなんとか言って、協力してくれるだろうし!

 ふふっ、ツギーノに着いた時の楽しみが増えちゃったなぁ! 観光して、リエッタさんに流行りの服を着せてあげて、リエッタさんにプレゼントを買って……あれ?

 やだ……わたしリエッタさん好きすぎ……?


 ……それはさておき、当初の目的を忘れかけてた、危ない危ない。

 まずはこの手紙をお父さんが言っていた『ラルスさん』に渡して、協力を仰がないと。

 船乗りのハーピーってことは、水鳥族かな? まあ実際に会ってみないと分からないけれど。

 とにかく、最初にするべき事はラルスさん探し! お父さんが紹介してくれたんだもん、きっと良い案を思いついてくれるはず!


 そうこうしているうちに、外壁に囲まれた場所が見えて来る。

 入口には衛兵が立っていて、すぐそばの外壁には大きく文字が描かれていた。

 "ツギーノ"──"イリス大陸東部"の玄関口に、ついにわたしたちは辿り着いたのだ。


 わたしが住むこのイリス大陸には、東西南北それぞれに大きな港町があるの。

 ツギーノはその一つで、隣の大陸に近いことから毎日沢山の旅人や商人がやってくる……って、授業で習った。

 ハーピニアや他の街で売られている異国の商品は、全てここからきているのだとか。

 実際に見てみると、本当に商人さんたちでいっぱいだ。街の中もきっと売り買いで賑わっているに違いない。


 わたしはソラをおろして、入口の近くにあった街の地図看板を見ながら、まず何処へ行くか相談しあっていた。


「さて、ラルスさんを探さないといけないけれど……どこで聞き込みをしよう?」

「そうね……ラルスさんって方は船乗りなんでしょう? 港に行ってみたらどうかしら」

「まあそれが一番だよね、ソラもそれでいいよね?」


 ソラの方を向くと、むう、とあまり納得していない様子。


「僕はまず食事をして、それから宿に行きたいぞ」

「えー、そんなの後でいいじゃん」

「考えてもみろハル、この数日間食べたのは保存食と質素な木の実スープだけ、いい加減レストランで上等な食事を食べたいと思わないのか?」

「うっ……そ、それはまあ、そうだけど」

「それにここは港町、立ち寄る旅人も多い。そのラルスというハーピーが家に泊めてくれるとも限らない以上、予約で埋まらないうちに宿を取っておくのが賢い選択だと思うが?」

「……リエッタさんはどう思う?」


 思わずリエッタさんに助けを求めてしまうわたし。

 リエッタさんは少し考えた後、こくりと頷いて答えた。


「確かに王子の言葉も一理あるわ、ハルちゃん。食事はともかく、宿を取っておくのは悪くないと思うの」

「むう、リエッタさんがそう言うなら……」


 そう言うとソラはふふんと勝ち誇った顔で「よし、食事にするぞ!」と元気よく歩き出す。

 な、なんか負けた気分……! 腹が立つけど、お腹が減ったのもまあ事実。

 わたしは悔しい思いを抑え込んで、リエッタさんと一緒に一人で行こうとするソラについて行った。


 ソラは途中、ここで一番美味い店は何処だ? と道行く人に聞いて、食事のできる所を教えてもらう。

 そして、"アルプの酒場"っていう場所を紹介してもらった。なんでもそこで食べられる海の幸が格別なんだとか。

 ハーピニアじゃ新鮮な海の幸なんて食べられないから、ちょっと楽しみかも。

 わたしはなんだかんだ少し期待しつつ、そのアルプの酒場へと向かった。

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