第9話【王子の本心】
その後、食事を終えたわたしたちは、それぞれ見張りをしながら寝る事になった。
「王子は休んでいてください、私が見張りをしますので」
「あ、リエッタさん、わたしも手伝うね」
「ふふ、ありがとうハルちゃん」
ソラはじゃあ頼むと言うと、さっさと眠ってしまう。
まったく、おぶられてるだけなのに……なんて思ってしまったけど、怪我人に無茶は言えない。
わたしとリエッタさんは二人で焚火を見ながら、互いの故郷の話をしたりして時間を潰していた。
「ハーピニアって良いところね、素敵なお洋服のお店にゼフさんのカフェ……一度行ってみたいわ」
「うんっ! リエッタさんが来たら歓迎するよ! 案内役は任せて!」
「ふふ、お願いね? 私が街を一人で歩いたら、多分出れなくなっちゃうから」
「ア、アハハ……」
リエッタさんは長い間流浪の旅を続けていたので、都会の流行りには疎いらしい。
ファッション誌とかもしばらく読んでないみたいだ。素材はいいのにもったいないなぁ。
よしっ、ツギーノまで行ったらリエッタさんを大改造しちゃおうっ!
ソラもその方が喜ぶでしょ、言葉には出さないだろうけど。ふっふーん。
「リエッタさんの居たヴァンパイアの国ってどんな名前なの?」
「"ヴァラム"っていうのよ。"フェ=ラトゥ山脈"の北に位置する国で、人間が残したお城と城下町に沢山のヴァンパイアが住んでるわ。私たちヴァンパイアは血の扱いに長けていて、名医が多い事でも有名ね」
「あ、聞いたことあるよ! 血を舐めるとその人の健康状態とか分かるんだっけ?」
「流石に訓練しないとそこまでは出来ないけれど、味の違いを感じ取る事は出来るわ。大昔、ヴァンパイアにとって血はご馳走だった時期があって、他種族と戦争を起こした事もあったの……今はそんなことはないのだけれど、そんな過去があったものだから仲のいい種族は少ないわ」
へー、こんなに友好的なのにそんな過去があったんだ……ちょっと意外。
ヴァンパイアは綺麗な人が多くて、モデルさんになってる人も居るくらいだけど、他種族との付き合いで苦労してそうだなぁ……。
……ってことは、リエッタさんの言ってた戦争もそれが原因なのかな?
「リエッタさん、話し辛いかもしれないけれど……戦争って、それが原因なの?」
「そうね……ある時、私たちを嫌う他種族の人たちが連合を組んで攻めて来たの。もう何十年も前の話よ」
「何十年も前って、わたしが生まれる前? ……エート、つかぬ事をお聞きしますがリエッタさんって──」
「さーて、いくつでしょうか? なんてね、ふふふっ。ヴァンパイアは不老不死の種族って言われるくらい寿命が長いのよ」
さ、さすが長命種……見た目じゃ全然分かんないや。
わたしがおばあちゃんになっても、きっとリエッタさんは若いままなんだろうなあ。
ちょっと羨ましいな、いっぱいお洒落とか楽しめそうで。
「もう戦争も終結してると良いのだけれど……あれは悲惨なものだったから」
「そうだね……ねえリエッタさん、リエッタさんは今でも故郷に帰りたい?」
「……そうね、私は国王様に仕えていた騎士だから、本当はちゃんと帰るべきなんだと思う。そして、結果的に国を捨ててしまった罰を、ちゃんと受けるべきだと思うの」
そう言うとリエッタさんは、でもね、と言葉を続けた。
「こうして流浪の旅を続けていると、いろんな出会いや発見があったわ。ヴァラムでは知り得なかった知識も沢山得ることができた。それでもまだ、この世界には私の知らないものが山ほどあるの。国王様への忠誠を完全に捨てた訳じゃないけれど、今は旅を続けて知識を深めたいって気持ちが強いかな」
「あ、わたしもその気持ち分かるかも、ハーピニアを出てから驚きの連続だったし」
「ふふふっ、ハルちゃんの旅も良いものになるといいわね」
リエッタさんは優しい眼差しを私に向けてくれる。
本当に素敵な女性だな、リエッタさんって。
わたしも大人になったらこんな人になりたいなあ……。
「えへへ、リエッタさんが仲間になってくれて本当によかった」
「そう? ふふふっ、ありがとう。実を言うと王子と二人きりの冒険なのに、邪魔しちゃって悪いかなって思ってたの」
「全然! それにね、ソラってば酷いんだよ! わたしの事馬扱いするし、すっごく生意気なの!」
「……ふふっ、でもねハルちゃん。王子はあなたの事すごく気にしてたわよ?」
「えっ?」
リエッタさんはわたしが寝ている時に起きた事を話してくれた。
ソラは戻ってきた時、わたしの事をすごく心配していたという。
そして、自分のせいでハーピニアを出る事になったのを、とても申し訳ないと言ってたらしいの。
「王子は口には出さないけれど、ハルちゃんの事をすごく大事に思ってるみたいだった。きっとハルちゃんの事を友達だと思ってるんじゃないかな」
「……そっか、えへへ。本当に素直じゃないな、もう」
「ふふ、まだ旅は始まったばかり。王子との絆がもっと深まるといいね、ハルちゃん」
そっか、心の中でいっぱい文句言っちゃったけど、まだわたし、ソラの事ほとんど知らないや。
意地っ張りで生意気だけど、本心はやっぱりなんだかんだ優しいヤツなんだ。
……いつか、ソラの口からちゃんと本当の言葉を聞きたいな。
わたしは寝ているソラの方をちらりと見て、ふふっと微笑んだ。
──その後、わたしとリエッタさんは交代で焚火の番をしたの。
初めての野営は、まるで夜更かしをして、ちょっとだけ悪い事をしている気分。
けれど、リエッタさんとも仲良くなれたし、ソラの本心も知ることが出来たんだ。
まだまだ不安はあるけれど、この仲間と一緒ならどんな困難も乗り越えられる……そんな気がして、わたしはちょっぴり嬉しくなった──。
わたしは日記に野営の思い出を書き留めると、青く染まり始める空を見ながらはちみつを少し頂く。
外で食べるはちみつは、ほんのり甘さが増している気がした。
◇
「いっちにーさんし……よしっ!」
準備体操をして、身体をよく伸ばす。
今日は晴天、風も穏やか。走るにはちょうどいい日だ。
「ハル、準備は良いか?」
「うん、大丈夫! さ、乗った乗った!」
「あ、ああ……なんか妙に元気だなお前」
「えっへへ、わたしは元気が取り柄だからね!」
ソラを背中に乗せ、その様子をなんだか楽しそうに見ている蝙蝠のリエッタさんを肩に止まらせて、わたしは今日も港町を目指して走り出す。
ツギーノまでまだ距離があるけれど、旅の楽しみが増えたわたしにとって、それはあまり苦ではない。
今日はどんな発見をして、夜はどんな話が聞けるのかな?
わたしは胸の高鳴りを感じつつ、一歩また一歩と、力強く大地を踏みしめるのであった。
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