第8話【野営は旅の醍醐味さ】

 リエッタさんを仲間にしたわたしたちは、港町ツギーノを目指して走り続けていた。

 毒は完全に抜けて気分は好調! 頬をすり抜けるそよ風も気持ちいい!

 走り続けるのは疲れないかって? 大丈夫、ハーピーは元々スタミナがある種族だし、私は走るのに慣れてるから!

 でもまあ、こうも長い事走り続けると、流石に疲れて来るけどね……。


「ハルちゃん、そろそろ休憩を挟む? 無理しちゃだめよ」

「うーん、じゃあ遠くに見えるあの木まで行ったら、ちょっと休憩するね」


 リエッタさんはわたしを気遣って、適度に休憩を提案してくれる。

 ソラはそういう気遣いなんてしてくれないから、本当に助かっちゃうな。まったくソラときたら。

 まあ、疲れたら言われなくても休憩するけれど、それでも一言あると嬉しいものだよね。


 わたしは木の傍まで走り切ると、ソラをおろして木陰になっている場所に座った。

 リエッタさんは蝙蝠から元の状態に戻り、付近を散策したいと言って何処かへ。

 人手も欲しいとも言っていたので、わたしが行こうとしたけれど。


「ハルちゃんは休んでていいのよ? 一番頑張ってるんだから無理しちゃ駄目」


 と、リエッタさんが言ってくれたので、ありがたく休ませてもらっている。

 ここは見晴らしも良いので、うっかりまたスライムに襲われるなんて事はない……ハズ。


 一人になったわたしは、木に寄りかかってキョロキョロと風景を眺めていた。


 ずっと走っていて退屈かもしれないって思うかもしれないけれど、それは違う。

 ハーピニアから出たことのない私からすれば、近場のトットコ平原でさえも驚きの連続だ。

 草木の香り、見たことのない動物、わたしよりも背の高い草……ちょっと見渡せば、初めて見るものばかり。

 これから行くツギーノも、きっと初めて見る人たちでいっぱいなんだろうなあなんて思うと、心が躍る。


 そのままころんと寝転がって、目を瞑ってみる。

 風で草や木の葉が揺れる音を聞いていると、なんだかすごい落ち着いた気分になるの。

 最初は不安だらけだったけれど、こんな事が味わえるなら、旅も中々悪くないかな──ふあ、ぁ──。


 …… …… ……。


 …… …… ……。


「ん……あっ、やばっ!?」


 ばっ、と飛び起きると、すでに日は沈みかけていて。

 リエッタさんが焚火の準備をしていて、ソラは呆れた様子でわたしを見ていた。


「おはよう寝坊助、今日はもうここで野営にするからな」

「う……ごめん、うっかり寝ちゃった」

「申し訳ないと思うならリエッタを手伝え、僕はもうちょっと木の実を採ってくる」


 ……もうっ! ソラったら本当に生意気! ちょっとは「疲れてたから仕方がないさ」とか言ってくれればいいのに!

 むすっとするわたしなんか放っておいて、ソラは茂みの方へ歩いて行ってしまった。

 ふんだ、ソラジマで空を飛べるようになったら、すぐにお別れしてやるもんね、ばーかっ!


「あら、おはようハルちゃん」

「ごめんなさいリエッタさん、すっかり寝ちゃった」

「ふふ、いいんだよ。ハルちゃんのペースで進みましょう?」


 リエッタさんはわたしに微笑んで、優しい言葉をかけてくれる。

 ああ、なんだか癒される……これが大人の包容力ってやつかな?

 それに比べてソラときたら、まったくもうっ。


「ああ、よければ枝をもう少し集めてきてくれないかな」

「うん、任せて! すぐに取ってくるよ!」


 そう言うとわたしは元気よく駆け出し、近場の木とか茂みから枝をかき集めて来た。

 リエッタさんは慣れた手つきで火を起こし、持っていたバッグから小さな鍋と置台をセット。

 ソラは木の実を持ってきて、近くに集めてあった食材の場所に置いた。

 どうやら二人はわたしが寝ている間に、食材を集めてくれたらしい。なんだかちょっと申し訳ない。


 そして、リエッタさんは集めた食材を使ってスープを作ってくれたの。

 食べれる木の実と持ってきた干し肉を入れて、今日は特別だからと調味料も使ってくれた。

 味はちょっと野性味を感じるけれど、塩味が効いていてなかなか美味しい。

 デザートにソラが採ってきた赤い木の実を摘まむ。時々すっぱいのが混じってるけれど、これも甘くて美味しかった。

 糧食には限りがあるし、馬車を持っていない限りはこうして食材を採って料理するのが旅の基本だ……って、リエッタさんは語ってた。


「じゃあリエッタが行き倒れた時は食材が見つからなかったのか?」

「ええまあ、その……実を言うと、私は酷い方向音痴でして」


 そう言うとリエッタさんは首元を見せてくれた。

 そこには深い傷跡があって、むしろよく助かったものだとわたしたちは驚いたの。


「私たちヴァンパイアは、他の種族には聞こえない"声"で方向や場所を把握するのですが、戦争で負傷した時にどうやらその器官を傷つけてしまったらしく……私は酷い方向音痴になってしまったのです」

「ふむ、そうだったのか……よくそれで旅が出来たものだ」

「旅というよりも、彷徨っていたというのが正しいでしょう。運よく街に辿り着いたりもしましたが、最近は何処にもたどり着けず、食料も底を尽き、食材を集める事が出来ないほど衰弱してしまい……」

「それで行き倒れていたというわけか」

「その通りです王子。ここまでかと思った時、王子とハルちゃんの声が聞こえ、最後の力を振り絞って槍を投げました。そして後は二人の知っている通り」


 そういう事だったんだ……そんな状況で助けてくれたなんて、リエッタさんには頭が上がらない。


「リエッタさん、あの時は本当にありがとう。リエッタさんが居なければわたしたち死んでたよ」

「それは私も同じよハルちゃん、あの時偶然にも巡り合わなかったら、お互い死んでいたわ」

「……えへへ、じゃあお互い様って感じ?」

「ふふっ、そうだね。素敵な出会い方ではなかったかもしれないけれど」


 リエッタさんはそうは言っていたけれど、わたしはこの出会いに本当に感謝している。

 この人に出会えたことで、なんだか旅が上手くいくような、そんな気すらしてるもん。

 誌的に言うなら、暗闇の中に差し込んだ一筋の光……みたいな?

 ……うん、自分で思ってて恥ずかしいわこれ、やめやめ。


 そんな感じで、初めての野営の食事は楽しく過ごせたのでした。

 木の実と干し肉のスープ、なかなか嫌いじゃない。なんてね、えへへ。

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