第4話【父は優し】
わたしがソラを拾った──もとい助けた森に戻ってくると、小さな広場に金色に輝く王冠が転がっていた。
よかった、誰も持って行ってなかったんだ。
というか、なんで忘れちゃったんだろう? みんな慌ててたのかな……?
「あった……! あれだ、おろしてくれ!」
「急がなくても王冠は逃げないよ……っと、はい」
ソラを地面におろすと、彼はゆっくりと歩いて王冠に近づき、それを拾い上げる。
そして大事そうに抱えて、それがちゃんと手元に戻ってきた事を喜んでいた。
「ああ、よかった……ちゃんと僕の王冠だ……」
わたしはその様子を遠目で見ていた。
ソラにとって、物凄く大事な宝物なんだな、あの王冠。
彼はそれを頭に乗せると、こちらへと振り向いた。
その姿は、まあ確かに王子様って感じはする。ちょっと生意気だけどね。
「感謝する、ええと……ハルと言ったか」
「いいよソラ、お礼なんて」
「いや、礼を言わせて欲しい。これは父上から授かった大切な物なんだ、無くなっていたらどうしようかと思っていた」
ふーん、お父さんがくれたものなんだ。
そういえば、ソラは何かと父上父上って言っていた気がする。
「ねえ、ソラのお父さんってそんなに凄い人なの?」
「もちろんだとも、僕の父は巨大なソラジマ全土を統べる王様なんだ」
「へえ、うちのお父さんと大違い」
「ふむ、ハルの父上はどのような方だ?」
「んー、ちょっと天然というか抜けてるというか……ソラのお父さんみたく凄くはないよ、優しいけど」
「優しい、か」
そう言うとソラは空を見つめて、何かに思いふけていた。
「父上……大丈夫だろうか……」
「え?」
そして、何かを呟いたかと思うと、ふるふると首を振って再び私の方を見る。
「いや、何でもない」
「ふーん、変なの……あっそうだ、ソラジマの話もっとしてよ! 空の上にあるんでしょ? どうやって飛んでるの?」
「ほう、勉強熱心だなハル。いいだろう、この僕がソラジマについて教えてあげよう──」
ソラはソラジマについて、いろんな話をしてくれた。ちょっと偉そうだったけど。
なんでも大昔、人間たちは地上にあった大陸の一つを空に浮かべ、それがソラジマになったんだとか。
つまり、私たちが居なくなっていたと思った人間は、実は全員空に移り住んでいたって事。
なんで空に移動することになったのかは分からないけれど、でも大陸を飛ばすなんてすごいよね!
「ねえソラ、空に行った人間たちも飛べるの?」
「飛べはしないが、飛ぶ乗り物ならあるぞ、飛行機って言うんだ」
「へえ、人間は何かを飛ばす名人なんだね! すごいなあ……」
「ハル、お前も飛べるんじゃないのか?」
「ううん、全然。わたしってさ、生まれつき飛べない身体なんだ」
そうなのか、と少し驚いているソラ。
わたしはそんな事よりも、彼の言うソラジマに思いを馳せる。
「でもいいなあ、空を飛ぶ島かあ……ねえねえソラ、ソラジマに行ったらわたしも飛べないかな?」
「それは正直分からない。ソラジマに魔物……いや、ハーピーは居なかったからな」
「ま、そうだよね……がっくり」
「……でも博識な父上なら、生き物を飛ばす方法を知ってるかもしれない──」
「本当!?」
「わっ!?」
そう聞いた私は思わずソラに詰め寄ってしまった。
驚いた彼は思わず尻餅をついてしまう。
「あっ、ごめん」
「ったた……急に近づくな、馬鹿者」
「だってソラが"父上なら分かるかも"って言うからさー」
「ハル、お前空を飛びたいのか?」
「……そりゃあ、さ。わたしだって飛びたいよ」
時々、走るのが速くて羨ましいとか言われるけど、わたしもみんなと同じように空を飛んでみたい。
力強く羽ばたいて、風に乗って、空を自由に飛んでみたいんだ。
でもそれは叶わないって諦めてた。私には無理なんだって。
……それが叶うのなら、わたし──。
「ねえソラ、もしもだけど……私もソラジマに行ったら、あなたのお父さんに会わせてくれない?」
「父上にか?」
「うん、わたし、どうしても空を飛びたいんだ。みんなと同じように」
わたしは真剣な表情でソラにお願いした。
だって、長年の夢が叶うかもしれないんだもの。
ソラは少し考えた後、こくりと頷いて。
「……いいだろう、だが本当に飛べるかは分からないぞ?」
「うん、聞いてみるだけだから。駄目だったら諦める」
「じゃあ約束だ」
「うんっ! ありがとう、ソラ!」
そう言うと、わたしはソラを再び背負おうと彼の前にしゃがみ込んだ。
「そうと決まれば、ソラジマまで送ってくれる人を探そう! さ、乗った乗った!」
「あ、ああ……そうしよう、僕も急いで帰りたいからな」
わたしの熱気に押されてか、少し戸惑ってるソラだったけど、素直に背中に乗る。
そしてわたしは、街へと向かってゆっくり走り始めた
ソラジマに行けるか分からないけど、ハーピニアの人たちは優しいから誰か助けてくれるでしょ!
──そう、思っていたんだけど。
◇
日は沈み、ホタル灯がハーピニア中を照らし始める頃。
わたしとソラはとぼとぼと寂しく、人通りの少なくなった街中を歩いていた。
「……見つからなかったね、協力者」
わたしは少し残念そうにソラに話しかける。
彼は何も言わず、少し意気消沈としていた。
ハーピニアの人たちに訪ねて回ったけれど、どうもソラが病院で暴れたのが広まってしまっていたらしい。
まあ、世界から居なくなっていたはずの人間が戻ってきたんだから、みんな注目するよね……それはともかく。
みんな「彼は危ない人間だ」とか「ソラジマの場所まで飛んでたどり着くのは無理だ」とか言って、誰も協力してくれなかった。
ハーピニアの町長さんにも話に行ったんだけど──。
「彼を信用することが出来ない、お引き取り願いたい」
の一点張りで話も聞いてくれない。
まったく、ハーピニアの人たちがこんなに薄情だとは思わなかったわ!
……いやまあ、剣を持って暴れた癖に、手伝いをしろって言うのも図々しいかもしれないけどさ。
ハーピニアの人たちの協力は得られないのなら──。
「……よし、決めた!」
「どうした、ハル?」
わたしはそう言って病院の前で立ち止まると、ソラを地面におろして向かい合った。
「二人でハーピニアを出て、外の世界で協力者を探そう!」
「なんだって……?」
ソラは驚いた様子でわたしを見る。
「わたしは飛べないけれど、速く走る事は出来る! ソラの足替わりになって、各地を回るのなんて余裕だよ!」
「だが、君には家族や友達がいるだろう? 日常を捨ててまで僕に付き合う必要はない」
「ソラ、約束したじゃない。ソラジマに行ったらお父さんに会わせてくれるって。わたし、どうしても空を飛んでみたいの!」
ずっと心に秘めていた長年の夢が叶うかもしれない。
その事実はわたしの心を大きく揺れ動かしていた。
ハーピニアを離れるのは正直怖いけれど、でも……わたしはみんなと一緒に、空を飛びたい。
それに……。
「それにさ、わたしソラの事もう友達だと思ってるし、友達が困ってたら助けたいじゃん!」
「……!」
短い時間を一緒に過ごしたけど、ソラは生意気で意地っ張りでも、別に悪い奴じゃないって思った。
お父さんの事を話すときはとっても楽しそうだったし、根はきっと良い子なんだ。
いつ会おうがどこで会おうが、友達になれると思ったら、その時から友達でいいじゃない?
「ハル……いいのか、本当に?」
「もちろん!」
そう元気よく答えると、ソラは少し俯いて「ありがとう」と小さく呟いた。
まったく、素直じゃないんだから。
「じゃあそうと決まれば、明日出発! いいよね?」
「うん……ああ、そのつもりだが、その……」
「ああ、ソラは心配しないで、ちゃんと親を説得してくるから」
わたしはそう言うと、家の方向へと向いて走り出す。
「じゃ! また明日ね!」
「ああ、うん……また明日」
ソラに振り向いて手を振った後、全速力で家へと向かった。
よし、後はお父さんとお母さんを説得するだけ……二人とも分かってくれるといいんだけどなぁ。
◇
「駄目に決まってるでしょ、そんなの!」
「でもお母さん──」
「駄目と言ったら駄目! 外の世界は危険なのよ!?」
……帰宅後、わたしとお母さんは言い争いをしていた。
お母さんは私が旅に出るのを駄目だと言う。立派な成鳥になってからにしなさいって。
でもそれまで待ってたら、ソラは一人で旅立ってしまうかもしれない。
「ソラくんには申し訳ないけど、やっぱり一緒に行けないって謝って来なさい!」
「絶対にイヤ、それって友達を見捨てる事と同じだし、ソラのお父さんにも会えなくなっちゃう!」
「ハル、お母さんはあなたが心配なのよ、あなたに何かあったら……」
「お母さんの気持ちは分かるけど、でもわたし、ソラを見捨てたくもないし、空も飛びたいの!」
話はずっと平行線。お母さんは絶対に良いよとは言わないし、わたしも絶対に譲れない。
その様子を、お父さんはじっと見つめて黙っていた。
「……ちょっといいかな、ハル」
そして、言い争いが少し落ち着いた時を見計らって、お父さんはわたしに話しかけて来た。
「何? お父さん」
「ハル、どうしても行きたいのかい?」
「うん、長年の夢が叶うかもしれないんだもん」
「そうだね、でもそれはつまり、アカデミーの友達としばらくお別れしなくちゃならない……仲のいいイチカちゃんとも会えなくなってしまうんだよ?」
「……それはそうだけど」
お父さんの言葉で、わたしは少し揺らいでしまった。
大切な親友のイチカとしばらくお別れ……それは嫌だけど……でも──。
「でもお父さん、やっぱりわたし、空を飛びたいんだ」
「ハル、その言葉に迷いは無いかい?」
「迷いはないって言えば……嘘になる。イチカと会えなくなるのは寂しいよ、外の世界も正直怖い。でも……わたしは夢を諦める事なんて、できないよ」
「そうか……ハル、ずっと飛ぶ事を夢見てたんだね」
そう言うと、お父さんはわたしに優しく笑いかけてくれた。
そして、お父さんはお母さんに向かって。
「……ママ、ハルを……彼女を行かせてあげようじゃないか」
と、言ってくれたのだ。
「パパ、本気なの!?」
「うん、僕はね、ハルの夢を応援してあげたいんだ」
「でも、もしもの事があったら……!」
「確かに心配だ。でもねママ、これは彼女の選択なんだ。彼女は今、自分の足で前に進もうとしている。それを邪魔するのは、良くない事だと思う」
心配するお母さんをなだめるように、お父さんはお母さんの肩に手を置き、優しく語り掛けていた。
お母さんは黙って俯いて、考えている様子だった。
そんなお母さんを見て、お父さんは優しく微笑んで話を続ける。
「それにねママ、ハルは友達を見捨てたくないと言っていたじゃないか。それはとても素晴らしい精神だと思う。僕は自分の娘をとても誇りに思うよ」
「パパ……」
お母さんはお父さんを見上げ、そして私の方へと向いた。
「……ハル、本当に行きたいのね?」
「うん、わたし絶対に無事で帰ってくるから。だからお母さん、お願い!」
真剣な表情で頼むわたしを、お母さんは見つめ。
やがて、ふうとため息を一つついた。
「私の負けよ、二人とも……ハル、絶対に無茶しちゃだめよ?」
「お母さん……! ありがとう!」
お母さんは心配そうだったが、私が旅に出ることを許可してくれた。
そして、出発するの早いんだから早く寝なさいと言い、台所へと向かっていった。
「お父さんありがとう、お母さんを説得してくれて」
「良いんだよハル、でも本当に気を付けるんだよ? 外の世界は危険だから」
「うんっ! それじゃあおやすみ!」
「ああ、おやすみ」
わたしはお父さんにお礼を言うと、自分の部屋へと向かっていく。
そして、バッグに日記やはちみつのビンとか、必要な物を詰めた後、自分のベッドに潜り込んだ。
明日、慣れ親しんだハーピニアを出て、ソラと共に外の世界へ旅に出る。
不安も大きかったけれど、それ以上に期待と喜びも大きかった。
ハーピニアの外には、一体何があるのだろう? どんな出会いが待っているのだろう?
わたしはそんな事を考えながら、ゆっくりと眠りについたのだった。
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