第5話【一花添えられて】

 翌朝、わたしはいつも通りに朝食を食べた。

 はちみつの掛かったトースト、果物少々、野菜は──ちょびっとだけ。

 アカデミーへの連絡は済んだし、準備も昨日したから万全。

 わたしはなんだか穏やかな朝だなーなんて思いながら、外で鳴く小鳥の声を聞いていた。


 朝食を食べた後、私はいつもの服に着替えて、肩下げバッグをぶら下げ、玄関へと向かう。


「ハル、これ」

「あっ、お母さんありがと」


 お気に入りの帽子を被り、いつもの恰好になった私。

 玄関の鏡を見て帽子の位置を調整。

 うんうん、今日も決まってる!


「忘れ物は無いわね?」

「うん、大丈夫!」

「ちゃんと確認した?」

「大丈夫だって」


 心配するお母さんに微笑んで、大丈夫だという事を伝える。まったく、心配性なんだから。

 でも、なんだかこんなやり取りもしばらく無いと思うと、少し寂しくなる。


「ハル、これも持っていきなさい」


 スーツ姿のお父さんがやってきて、わたしに何かを渡そうとしてくる。

 それは一枚の金ルード札、金額にして一万ルード……って、こんなにも!?


「もう、パパっ!」

「娘の旅立ちなんだ、これくらい良いだろう?」


 お母さんにあげすぎと注意されるお父さんだったが、笑ってのらりくらりかわしている。

 まったくもう、と呆れるお母さんは、未だ唖然としている私に向かって注意をする。


「無駄遣いしちゃだめよ、ハル。宿代とか食事代とか、旅はお金かかるんだから」

「分かってるよ、大丈夫」


 もう、心配性だなぁなんて思いながら、私は金ルード札をお小遣いの中に加えた。

 ……ちょっとお洋服欲しくなっちゃったけど、我慢我慢。


「ハル、ハーピニアを出たらまず、"トットコ平原"を北東に抜けて"港町ツギーノ"に行きなさい」

「ツギーノって、交易商人さんがいっぱい来るところだよね、お父さん?」

「ああ、そこにお父さんの知り合いが居るんだ。『ラルス』っていうハーピーの船乗りでね、この手紙を渡せばきっと力を貸してくれるはずさ」


 お父さんはそう言うと、綺麗に封がされた手紙を一通手渡してくれる。

 わたしはそれを折り曲げないように日記の間に挟んでおいた。

 ツギーノに着いたら、まず初めにラルスさんを探さないとね。


「それじゃ、気を付けて行くんだよ」

「うん、お父さん」


 お父さんは優しく微笑んで。


「ソラくんの事、ちゃんと守ってあげるのよ?」

「分かってるよ、お母さん」


 お母さんは心配しつつも。

 二人は私の事を、快く見送ってくれた。


「それじゃ……お父さん、お母さん! 行ってきます!」


 そしてわたしは玄関の扉を開けて、元気よく駆け出す。

 途中くるりと後ろを向いて、二人に手を振って。


「っとと!」


 少し転びそうになったけど、持ち直して。

 びゅんっとスピードを上げて、ソラを迎えに行くのだ。


「あの子、大丈夫かしら……」

「心配ないさ、ハルは強い子だよ」


 そんな両親の話なんて、すぐに聞こえなくなってしまった。

 わたしは二人に感謝して、病院へと向かった。


                  ◇


 病院の前では、ソラが行き交う住民を観察しながら待っていた。

 通りすがりのみんなも人間の彼に興味津々だったが、前日の騒動のせいか近寄るものは居らず。

 ソラもまた、避けられているのを理解しているのか、自分からみんなに近づくような事はしなかった。

 わたしはそんなのを気にせず、彼に近寄って挨拶をする。


「おはよ! ちゃんと眠れた?」

「む……おはよう、ハル。僕は問題ない」


 わたしに気が付いたソラは少し気を緩めた表情をして話かけてくれた。

 ふふん、なんだか心を許してくれたみたいで嬉しいな。意外と可愛いところあるじゃない。

 わたしは上機嫌になりながら、背中を向けてしゃがみ込んだ。


「じゃ、早速出発する?」

「ああ、頼むぞ、"馬"」

「よし、任せ──馬?」


 わたしは思わず聞き返してしまった。

 そんな彼はお構いなしに背中に乗ってきて、しれっとしていた。


「いやいやいや何しれっと乗ってんの!? というか馬って何!?」

「む、不服か?」

「不服だわ! めっちゃ不服だわ! むしろどうして不服じゃないと思ったの!?」

「だって僕、偉いからな。僕の馬になれる事をありがたく思えよ」

「こんの……ッ! 降りろーっ! 今すぐ降りろーっ!」

「ちょ、急に動くなハルっ! 振り落そうとするなーっ!」


 ぐるぐる回って振り落そうとするわたしとしがみ付くソラ。

 その光景を見てくすくすと笑う者も居れば、なんだあれと変な目でみる者も。

 だってしょうがないじゃない、友達になれたと思ったら馬扱いだなんて! まったく頭にきちゃう!

 しばらくその攻防は続き、二人ともつかれてぜえぜえ息を切らした。


「ぜえぜえ……こ、このままじゃ旅に出る前に倒れちゃう……」

「あ、ああ……その通りだ……」

「じゃあもう、馬だと思ってくれていいからさ……せめて名前で呼んでよ……」

「うむ……そうしよう、ハル……」


 本当は不服だけど、まあ名前で呼んでくれるならいいや……。

 わたしたちは和解すると、とことことハーピニアの外へと向かって歩き始めた。

 ええと、確か市街区から低地の平原に降りれたよね──って、ん? あれって……。


「ハルっ!」


 大急ぎで上空を飛んでくる影が一つ……って、あれ、イチカじゃん!?


「イチカ!?」


 イチカは急いでわたしの前に降り立つと、息を切らしてこちらを見た。


「はあ、はあ……ひどいじゃん! なんで何も言ってくれないの!?」

「うっ……ごめん、その、イチカに会ったら気持ちが揺らぎそうで」

「ハルの馬鹿っ! 親友なのに、急に居なくなるなんて寂しいじゃん、本当に馬鹿だよ!」


 イチカは普段見せないような顔で、すごい怒っていた。

 うう、本当は会いに行きたかったんだけど……言った通り、気持ちが揺らいだらどうしようって思ったの。

 彼女にもし引き留められでもしたら、行きたくなくなっちゃうかもしれないなんて……ちょっぴり思っちゃった。


「ごめんイチカ、本当にごめん! でもわたし──」

「分かってるよ! 行くんでしょ!? ……ふう、これ」

「えっ、これって……」


 すると、イチカはわたしにあるものを見せてきた。

 それはわたしのバッグに付けられそうな、花の形をした小さなアクセサリー。私と同じ桜色だ。

 既製品じゃなくて、手作りの物みたい。


「その、しばらく会えないなら、渡しておこうと思って……誕生日プレゼント」

「……あ、わたしの誕生日、もうすぐだったっけ」

「もう、ハルの馬鹿。自分の名前で分かるじゃん」

「あ、あはは……うん、イチカ、ありがとう!」


 わたしはそれを受取ろうとした……けどそうだ、今ソラをおぶってるんだった。


「……すまぬ、退こう」

「いや、私が付けてあげるからいいよ」


 そう言うと、イチカはわたしのバッグにアクセサリーを付けてくれた。

 なんだかちょっと照れ臭い。さっきまで怒られて焦ってたけど。


「イチカ、会いに行かなくてごめんね」

「いいよ、ハル。私こそ怒鳴っちゃってごめん」

「……へへ」

「ふふふ、なにがおかしいのよ」

「イチカだって笑ってるよ、えへへ」


 さっきまでまるで大喧嘩のような有様だったのに、終わってみればなんだかおかしくって。

 わたしとイチカは少しの間だけ笑いあうと、ゆっくり市街地まで歩き始めた。


「あれ、そういえばイチカ、アカデミーは?」

「先生に言って抜け出してきた、せめて見送りぐらいさせてよ」

「えっへへ、モテる鳥は辛いですなぁ~」

「調子に乗らないの」


 そんないつもするような会話を話しながら、街の外を目指すわたしたち。


「ハルと仲が良いのだな、イチカとやら」

「うん、幼い頃からずっと遊んでたから」

「昔からハルはこうも騒がしいのか?」

「そうだね、凄いうるさかったよ」


 ちょ、何言ってんのイチカ! とわたしはツッコんで、イチカがごめんごめんとくすくす笑って、それをソラがなんだか面白そうに見ていて。

 会話にソラを交えながら、和気あいあいと進んでいく。

 こんな時間がもうちょっと続けばいいのに、と思っていたけれど、お別れの時間はすぐに来て。


「……じゃ、私はここまでかな」

「あ、もう街のはずれか……ねえ、イチカも一緒に来ない?」

「ふふ、言うと思った。でも私はお店のお手伝いがあるから行けない」

「そっかー、残念」


 ちぇー、イチカも来てくれればよかったのに。


「イチカ、楽しい会話だった。もしソラジマに来る事があれば歓迎しよう」

「それはどうも、王子様。ふふっ」


 ソラもイチカを気に入ったみたいで、穏やかに話しかけている。

 わたしの扱いは馬なのに、イチカは歓迎される来客かぁ……なんだか不公平。


「それじゃあハル、早く戻らないと怒られちゃうから」

「うん、イチカ、ありがとう! それじゃあね!」


 わたしはイチカに礼を言うと、ゆっくり走り出す。

 ここからはゆっくりとした坂道だけど、あまりスピードを出すと転んじゃうからね。

 しばらく坂道を下った後。


「む……おいハル、後ろを見ろ」

「えっ?」


 ソラに言われて、わたしはくるりと振り返った

 するとイチカが大きく手を振って、わたしに向かって叫んでいたのだ。


「ハルーっ! 元気でねーっ!」


 普段あまり声を出さない子なのに、イチカ……!

 わたしはとっても嬉しくて、でもちょっと寂しくて──涙が出そうになったけど、こらえてぺこりと頭を下げた。

 そして、再び街の外へと向かって、ゆっくり走り始めるのだ。


「……いい友達だな、イチカは」

「うんっ……! 最高の……本当に最高の親友だよ!」


 優しそうなソラの声に、思わず目が潤うわたし。

 いけないな、永遠の別れとかじゃないんだから。

 この旅が終わったら、イチカにいっぱい思い出話を聞かせてやるんだ。

 わたしは新しい旅の目標が出来た事に喜んで、歩みを進めた。


                  ◇


「ところで、この先は何処へ行くんだ?」


 ある程度進んだ頃、ソラが尋ねてくる。

 そういや、まだ言ってなかったっけ。


「えっとね、この先の"トットコ平原"を抜けて、北東にある"港町ツギーノ"まで行くよ。二日か三日はかかるかな?」

「ふむ、そうか……しかしなんだか安直な名前だな」

「考えるのが面倒だったんじゃない? 昔の人」


 目的地は"港町ツギーノ"、ハーピニアから出たことのない私にとって、初めての別の町。

 坂道も平坦になってきた所で、わたしは期待を胸に一気にスピードを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る