第3話【母は強し】

 ……うーん、はちみつたべたい……はっ!?


 掛けられた毛布を跳ね飛ばし、わたしは目を覚ました。

 身体を勢いよく起こして周囲を見渡すと、そこはハーピニアの病院。

 わたしは窓に近いベッドで寝かされていて、隣のテーブルには花が添えられていた。


 これってもしかしなくても、わたし運ばれたっぽいなあ……。

 花はイチカが持ってきてくれたのかな? 流石は花屋の娘……ってて。


 うー、頭が痛い。王冠が当たった所がまだズキズキする。

 なんで男の子と一緒に王冠まで落ちて来るのかな……本当に今日はツイてない。

 わたしは頭をさすりながらベッドから出ようとした。


「ハルっ!」


 と、次の瞬間、声と共にお母さんが病室へと入ってきた。

 機織りの恰好をしてる。きっと仕事を投げ出してきたんだろう。

 お母さんはわたしを見つけ、わたしの方へと駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「ああ、ハル……無事でよかった……」

「あう……お母さん、ちょっと恥ずかしいからやめて……」


 わたしは少し照れ臭くなり、お母さんを優しく押しのけた。

 お母さんはとても安堵した様子でわたしを見つめている。


「病院に運ばれたって聞いて、すごく心配したのよ? でも元気そうでよかった」

「たんこぶは出来たかもしれないけど……あー、頭痛い」

「まあ、それだけ喋れるなら大丈夫よきっと、本当によかったわ」


 もう、心配してるんだかしてないんだか。

 少し不満げにしていると、お母さんが良い物を持ってきてくれた。

 はちみつ入りのビンと、それを食べるためのハニーディッパー。

 ふふーん、やったね! 怪我の功名……とは違うか。まあ、あとで食べよーっと!


「そういえば一緒に誰かが運ばれたって聞いたけれど、その子も大丈夫かしら」

「んー、分かんない。別の病室に居るのかな──」


 わたしがそう言いかけた途端、隣の病室から叫び声が聞こえて来た。

 同時に、誰かの怒号とバタバタと暴れるような音。

 ……いや、まさかね。


「一体何事かしら……って、ハル!?」


 お母さんの制止を振り切り、わたしは隣の病室へと向かった。

 嫌な予感が的中してなければいい、なんて思ってたけど──。


「キミ落ち着いて! ここは怖いところじゃないからね!?」

「ええい! 魔物どもめ! 離せっ! 離せーっ!」


 ああ、こういう時の予想ってなぜか当たるんだよね……。

 男の子が看護婦さんに押さえられながら、ベッドの上でじたばたと暴れている。

 魔物どもめーなんて言って、凄い混乱しているに違いない。

 わたしは部屋に入り、男の子を落ち着かせるのを手伝おうとした。


「ここは病院、キミは運ばれてきたんだよ! 何も悪い事する所じゃ──」

「ええいっ! うるさい魔物め!」


 わたしの言葉を遮ると、看護婦さんを押しのけてベッドから抜け出した。

 そして傍にあった彼の私物の中から、あの剣を持ち鞘から引き抜いたのだ。


「僕が、かの五十三代目空王の息子、『ソラ』と知っての狼藉ろうぜきか!」


 壁際に立ち、剣をこちらへと向ける、ソラと名乗る男の子。

 わたしと看護婦さんは剣を向けられて、思わず一歩退いてしまった。

 たとえ子供でも、持っている物は立派な武器だ。暴れられたら大怪我じゃすまない。


「ね、ねえソラくん、その武器をしまって、落ち着いてお話しましょうよ?」

「ふんっ、そうやって僕を上手く騙して取って食うつもりだな、魔物め! そうはいかないぞ!」


 看護婦さんがなだめようとしても、ソラは逆上するばかり。

 だけどソラは武器を出したものの、攻撃してくる様子は無い。

 近づかなければ多分、何もしてこないのかな……でもこのままじゃらちが明かない。

 一体どうすればいいんだろう、と思っていた時。


「ハル、勝手に飛び出してどうしたの……っ!?」


 お母さんが部屋に入ってきて、その光景に驚愕していた。


「ま、また魔物が増えたのか! くそっ、鳥人間どもめ、成敗して──」


 そして真っ先に動き出したのも、またお母さんだった。

 わたしと看護婦さんの横をすり抜け、あっという間にソラに近づいて武器を取り上げた。

 その手際の良さにみんな唖然としていた、剣を奪われてしまったソラでさえも。

 そして、わたしを叱るかのようにな顔でソラに向かって叫んだの。


「子供がこんな恐ろしい物、むやみに振り回すんじゃありませんっっ!」


 その様子にソラも驚いて、たじろいでいる。

 わたしも自分が怒られた時の事を思い出してしまい、彼に少し同情した。

 うちのお母さんの雷は多分、ハーピニアで一番怖いと思う。 


「う、ううっ……何するんだ、それは父上から授かったものだぞ! 父上に言いつけるからな!」

「ええ、そうしたら私もあなたのお父さんに会いに行くわよ! 子供にこんなもの持たせるなんて、どうかしてるわっ!」


 お母さんの剣幕に負けて、反論しようとしたソラは黙り込んでしまった。

 わたしも看護婦さんも何もすることが出来ずにいる。

 お母さんはその様子を見て、まったくとため息をつくと、口調を落ち着けて話し始めた。


「あのね、これは遊びで持っちゃいけないものよ。誰かを簡単に傷つける事が出来てしまう、恐ろしいものなの」

「……だけど」

「お父さんからのプレゼント、きっと嬉しくてしょうがなかったんでしょう? でもね、もしこれで間違って大切な誰かを傷つけてしまったら、とっても悲しいと思わない?」

「それは……そうだけど」

「じゃあ約束して? これはむやみやたらに振り回さず、"大切な誰かを守りたい時"に使うって。いい?」


 お母さんがそう言うと、ソラはうつむきつつも、こくりと頷いた。

 その様子を見たお母さんはソラの鞘に剣を戻してあげて、良い子ねと頭を撫でてあげていた。


「……どう、落ち着いた?」

「ああ、うん、えっと……ごめんなさい」


 そう言うとソラは剣を壁に立てかけて、わたしたちの方へと向く。

 お母さんはもう安心とばかりに、私たちの方へと戻ってきた。


「お母さんやるぅ」


 わたしは小声でお母さんに言ったが、こつんと優しくげんこつを貰った……なんで?


「確かに、その……平和に話そうとしている相手にする行為ではなかった、その点については詫びたい。すまなかった」


 ソラはそう言うと、頭をぺこりと下げて謝罪。

 ちょっと偉そうなのが気になるけど、落ち着いてくれたみたいで良かった。


「まあ、目が覚めたら知らないところだもん、そりゃ驚くよね」

「まったくその通りだ、ここは何処か説明してほしい」

「……んもうっ、なんか生意気!」


 なんか鼻につくというか、なんというか……あーもうっ!

 まあとにかく、わたしはソラにここがハーピニアであること、彼が空から降ってきた事を話す。

 ソラが空から、ってなんかややこしい。


「ふむ、という事はやはり伝説は本当だったのだな……"ソラジマ"の下には魔物が住む世界があると」

「ソラジマ?」

「うむ、名の通り"空に浮く巨大な島"だ。僕はそこからやってきた"王子"である」

「お、王子ぃ……?」

「む、なんだその疑いの眼は。失敬だぞ、わきまえろ」


 む、ムカつく……! 王子というか、生意気な子供じゃない!

 いや、こらえろわたし。ここで怒ったら年上として情けないじゃない。


「まったく、この王冠が目に入らないのか──あ、あれ?」


 ソラはそう言うと、ぺたぺたと頭を触って慌てた表情を見せる。


「王冠がない」


 彼の顔色が青ざめていくのが分かった。どうしよう、と心底狼狽えている様子だ。

 そして、部屋の何処かにないのかと辺りを探し始めたが……見つからない。

 ソラはベッドの上に座り、なんてことだと呟いて、少し放心していた。


「ねえ看護婦さん、わたしたちが運ばれてきた時、荷物の中になかったの?」

「そうですね……王冠らしきものは無かったと思います」

「うーん、じゃああの森にまだ落ちてるのかな──」


 わたしがそう言うと、ソラは何っ!と立ち上がってわたしの方に歩いてきた。


「その森は何処にある!? 言え、今すぐ!」

「ちょ、落ち着いてって……ええと、この病院を出て坂を下って、右を見ると見えると思うけど」

「よし、今すぐ行こう! では失礼す──うぐッ!」


 そう言って走り出そうとしたソラは、急に倒れ込んでしまった。

 苦しそうに片足を押さえている。


「だ、駄目ですよ! その足で無理に動いちゃいけません!」

「ぐっ……くそっ、あの時にやられたか、おのれ……!」


 ソラはよろよろと立ち上がり、片足を引きずりながら外へと出ようとする。


「ちょ、何かよくわかんないけど、足悪いんでしょ? 動いちゃ駄目だって!」

「うるさい! あの王冠は大事な物なんだ、今すぐ取りに行かねばっ……!」

「もうワガママだなぁ……! ああもうっ──」


 わたしは意地っ張りな彼の前に出て、背中を向けてしゃがみ込んだ。


「……何のつもりだ?」

「おんぶしてあげるって言ってるの、その方が早いでしょ?」

「女に背負われるなど王族の恥だ、どいてくれ」

「いつまで強情張ってんの、その足じゃ夜になっちゃうよ」

「……むう」


 ソラは不服そうながらも、わたしの背中に乗った。

 思ったほど重くはない、これが大人だったら私潰れてたかもだけど。


「ハル、あなたも頭を怪我したんでしょ? 安静にしてなきゃ駄目じゃない」

「でもこの子、這ってでも行きそうだし、本当にそうしたら目覚め悪いし」


 心配するお母さんを他所に、わたしは病室の外へと出ていく。


「晩御飯までには帰るから! じゃっ!」

「ハルっ! ……もう、あの子ったら」


 わたしはそう言い残すと、行き来する人にぶつからないように進み始めた。

 お母さんの心配する声なんてすぐに遠くなる。私は足が速いのだ。


「……すまぬ」

「気にしないでよ、乗りかかった船ってやつ」


 なんだか急に意気消沈しちゃって、そんなに女の子の世話になるのが嫌なのかな?

 まあいいや、急いで森に向かって王冠を取りに行こうっと。

 わたしは病院を出ると、彼の足を気にしながら走り始めた。

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