第2話【空からの来訪者】

「はーぁ……」

「アハハ、こっぴどく叱られたみたいだね、ハル」


 机に突っ伏して落ち込んでいる私を見て、友達の『イチカ』がけらけらと笑っている。

 結局あの後、一時間くらい説教をくらった。

 しかも最悪な事に、親御さんにも連絡を入れると言っていたのだ。

 ああ、今日帰ったら絶対にお母さんの雷が落ちるよ……いやだなぁ。


「うぅー、笑わないでよイチカぁ……」

「ふふっ、ゴメンゴメン。でもさ、ハルに怪我がなくて本当によかったよ」

「怪我よりもさー、新学期も怒られスタートなんてツイてないよ、本当……慰めて?」

「もう、自分が悪いのに」


 ちょっと呆れた様子のイチカ。

 でもなんだかんだ話に付き合ってくれるんだから、良い友達だよね。


「じゃあそうだなぁ、帰りにどこか遊びに行く?」

「イチカの奢り? 行く行く!」

「奢るとは言ってないでしょ、もうっ」

「えへへ」


 そんな他愛もない話をしていると、担任教師が教室に入ってきた。

 同時にチャイムも鳴り響き、授業の時間が訪れる。

 イチカもそれじゃ、と自分の席に戻って行く。

 わたしは鞄の中から教材を取り出すと、授業を始める教師の話を聞き始めたのであった。


 ここはハーピニア唯一の学校、"アカデミー"。

 高台の上に建てられた巨大な校舎は、小さな雛鳥から大人になる一歩手前の若鳥まで、幅広い年代の生徒が勉強できるようになっている。


 今日、アカデミーは冬休みが終わり、新学期を迎えた。

 新学期と言っても、校長先生の長い話があったりするくらいで、殆どいつもと変わらない。

 立派なハーピーになるための授業を受けたり、休み時間に友達と遊んだり談笑したり。

 そんなことをしていれば、あっという間に下校時間になってしまうのである。


                  ◇


「あ、この服可愛い!」

「ハルなら似合いそうじゃない? 着てみれば?」

「えっへへ、鳥をおだてるのが上手いですなぁイチカは!」


 そしてわたしは、アカデミー帰りに商店街へと繰り出し、最近オープンしたブティックにイチカと寄り道。

 二人で服を手に取って、この服良いとかこれ似合いそうとか、じっくり吟味。

 時には変な服を着て爆笑したり、ちょっとセクシーな服とか試してみたり。


 最終的にそれぞれ気に入った服を見つけて購入。

 上機嫌に買い物袋を揺らしながら、次はどこへ行こうかーなんて話し合っていた。


「んー、まあ行くとしたら、安定の"止まり木"かな?」

「いいねいいね、わたしパンケーキ食べたい! はちみつたっぷり乗せたの!」

「ハルは本当、はちみつ大好きだよねぇ」


 止まり木というのは、ハーピニアが誇る大人気カフェ、"ゼフの止まり木"のこと。

 店長のゼフさんが作るパンケーキが、それはとても美味しいのだ。

 そのせいかハーピニアの住民のみならず、遠方からも他種族のお客さんが来るほど大繁盛している。

 お昼は並ばないといけないが、この時間帯なら比較的空いているので、わたしたち生徒は大体この時間帯を利用しているの。


「そうと決まれば出発! 早く行かないと席取られちゃうかも!」

「ちょ、ハル焦りすぎ……ふふっ」


 はちみつパンケーキが食べたい欲に駆られたわたしは、イチカを引っ張って止まり木へと向かった。

 ちょっと強引じゃないかって? だってそれほどおいしいんだもん、ゼフさんのパンケーキ!

 毎朝仕入れた新鮮な食材を使って、丁寧に丁寧に作られたふわっふわのパンケーキ……一種の芸術作品と言っても過言じゃないの。

 ああ、早く食べたいな──そう思ってイチカを引っ張っていたら。


「ふんふーん……ん? ねえイチカ、あれなんだろ?」

「え?」


 遠くの方で、何か空から落ちてくるものが見えた。

 最初は誰かが落としたゴミか何かかなーなんて思ってたけど、よく見てみたらそれは、"人型の何か"。


 え? いや、もしかして……っ!?


「イチカごめん、ちょっとこれ持ってて!」

「ちょ、ハル!?」


 わたしはイチカに荷物を押し付けて、一気に走り出す。

 もしあれがハーピーの誰かなら大変だ、地面に激突したら命が危ない。


 わたしは行き交う住民たちの間を縫うように走り、商店街を抜ける。

 あの人型らしきものが落ちてゆく先は、街はずれの小さな森の中。

 木に引っかかればラッキーかもしれないけれど、最悪の事を考えたら自然と足が動いてしまう。


 森に入り、茂みを飛びこえ、着いた先は森に出来た小さな広場。

 落ちて来るものが頭上に見える、ちょうどこの広場に落ちそうだ。

 キャッチできるかな……いや出来ないと、凄惨な現場を間近で見てしまうことになる。

 ええい迷うなわたし、やれば出来る!


 わたしは落ちて来るその人物をキャッチする体勢に身構えた。

 そして、落ちて来るそれは勢いを落とさずわたしの手元へ落ちてきて……き……あれ?

 身構えていたが、中々来る様子は無い。いつの間にか落ちる速度がゆっくりになっているのだ。

 その人物はまるで羽毛のようにふわふわと降下してくると、わたしの手翼(うで)の中に着地した。


 その不思議な光景もあったが、その人物の姿を見て、私は驚愕した。

 いいとこのお坊ちゃんみたいな恰好してる……のはまあいいか、それよりも。


 翼や羽毛が無く、ハーピーでもなければ空を飛べる他種族の人たちでもない。

 いや、空を飛べなくてもどの他種族の人にも当てはまらないだろう。

 だってこの子は、この"男の子"は……大昔に居なくなってしまった"人間"という種族にそっくりなのだから!


 歴史の授業で幾度となく出て来る"人間"。

 恐ろしい生き物で、どんなもの作り出せる賢さと、目的のためならどんなことでもできる残忍さを持っている……と授業では聞いた。

 彼らは大昔、多くの建物や技術を残して忽然と姿を消してしまったらしい。

 わたしたちの暮らしには人間の残した技術が多く使われているけれど、殆どの原理はよく解明されてないの。


 しかもこの子、何か腰に携えてると思ったらアレだ、剣。

 まだ私よりも小さい子供なのに、こんな物騒なもの持ってちゃ危ないじゃない。

 鞘は豪華な装飾がされてて、思わず手に取りたくなるけど……やめておく、人の物だしね。


 とにかくこの人間そっくりな男の子、よく見たらすごい傷だらけ。治療してあげなくちゃいけない。

 でも、ハーピニアに連れ帰ったら大騒ぎになっちゃうよね。

 目を覚まさないし、うーん……どうしたもの──。


「ぴいっ!?」


 次の瞬間、頭に何か固い物がスコーンッと当たる感覚。

 視界が揺らぎ、思わず男の子を落としてしまう。

 

「は、はらほろひれはれぇ……」


 力が抜け、ふらりふらりとよろめいたあと……わたしは倒れた。

 薄れゆく意識の中、わたしに当たったものが視界に入る。

 それは宝石が象られた、小さな王冠であった。

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