桃色爆走ハルピュイア 〜地上最速の飛べないハーピーは、空から墜落した生意気ショタ王子を背負って天空の島を目指し突っ走る~

白頭イワシ

序章 ─春空の出会い─

第1話【春の新学期】

 ジリリリリリリ……。

 けたたましい目覚ましの音が部屋中に響き渡る。

 わたしはそれを右手翼(みぎて)で叩き落とし、部屋に静寂を取り戻した。


「ハルぅ! 起きなさぁい!」


 リビングからお母さんの声が聞こえてくる。

 わたしはそれを鬱陶しく思いながら、掛け布団を深く被った。


「ハル! いつまで寝てるのっ!?」


 痺れを切らしたお母さんがわたしの部屋へとやってくる。

 わたしは掛け布団を引っぺがされ、カーテンを開かれ、眩しい朝日を浴びせられた。


「んんぅ……お母さんうるさい……眩しい……」

「うるさい、じゃないわよ! 今日からアカデミーに行く日でしょ!?」

「ふあぁぅ……? あかでみー……っっ!」


 "アカデミー"、その単語で私は覚醒した。


「わっ、わああっ!? 今日登校日だああああっ!?」

「登校日だーじゃないわよ! 早く支度しなさいっ!」


 まったくもうと呆れた様子のお母さんを他所に、わたしはベッドを飛び出て食卓に着席。

 お母さんが翼の先に生えた手を器用に使って、いつものようにはちみつをトーストに塗ってくれる。

 お皿に乗せてくれたと同時にいただきます。がっつくわたしを見てお母さんはちょっと呆れ顔だった。


 今日の朝ごはんは、はちみつの掛かったトースト、果物少々、野菜は──いいや、パス。

 できるだけ急いで口に詰め込んで、ごちそうさま。次は着替えをしなくっちゃ。


「ふああ……おはよう、ハル」

「お父さん、邪魔!」

「えぇ……?」


 通路でお父さんとすれ違い、わたしは自分の部屋へと戻ってきた。

 クローゼットを開き、まるで漁るようにあれじゃないこれじゃない。

 流石に変な服でアカデミーに行きたくはないもの、友達に笑われちゃう。

 でもまあやっぱり、最終的にはいつも着ている服になっちゃうんだけれど。


 そうして着替えを終えて、鏡で髪を整えて……よしっ! 完璧っ! いつものわたしっ!

 肩下げバッグをぶら下げて部屋を出たら、玄関に直行!


「ハル、これ」

「あ、お母さんありがとっ!」


 玄関でお母さんがお気に入りの帽子を手渡してくれる。

 慌てて忘れる所だった、帽子を被って位置を調整……よし、パーフェクトわたしっ!


「まったく、気を付けるのよ? あなたは──」

「うんうん分かってる! 行ってきます!」


 お母さんの小言をしっかり聞いてる暇なんてない。

 もっとも、いつも言う事は同じだから問題はないんだけど。

 わたしは扉を開け、思いっきり駆け出した。


「ふふ、相変わらずだなあ、ハルは」

「そうねえ……ってほら、パパも仕事の支度」

「おっと」

「まったくもうっ」


 駆け出してすぐに、お父さんとお母さんの会話があっという間に遠くなるのを感じていた。


 わたしの名前は『ハル』、ごく普通のハーピーの女の子。

 桃色の髪と羽毛がまるで桜みたいだったから、桜の季節を思い浮かべる"ハル"って名付けられたの。

 お父さんは"サクラ"が良かったらしいんだけど、安直すぎるって反対されたらしい……って、そんなことはどうでもいいか。


 あ、さっき"ごく普通"って言ったけど忘れて、わたし普通じゃなかった。

 だってわたしは──っとと。


「わあ、工事中」


 通学路の吊り橋が、工事中で立ち入り禁止になっていた。

 老朽化がどうの……って書いてあるけど、回り道している時間はない。

 新学期早々遅刻だなんて笑われちゃう、そんなの絶対に嫌。

 ……なら、やることは一つ! 強行突破!


 わたしは立て看板をぴょんと飛び越えると、全力で吊り橋を駆けた。

 この吊り橋は深い谷の間に作られていて、落ちたらわたしなんかひとたまりもない。

 だけど、みしみし、ぷちぷちと吊り橋が嫌な音を立て始めた。ああうん、予想はしてたけどっ!


 次の瞬間には私の後ろの方で、吊り橋のロープがぷちりと切れた。

 吊り橋がぐわんと垂れ下がり始め、身体が落ちそうになる。

 しかしわたしは、まるで坂を上るかのような体勢で吊り橋を駆けあがり──何とか向こう岸に到達っ!

 地に足を付け、ふう、と一息つくわたしは、吊り橋が完全に垂れ下がり、風に揺られているのを眺めていた。


 え? ハーピーなら、最初から飛べば良かったんじゃないかって? それがまあ、その。

 わたし"飛べないハーピー"なの。先天性の病気……ってやつ?

 みんなよりも翼が小さくて、羽ばたいても身体を持ち上げる事が出来ないんだよね。 


 飛べないと苦労しないかって? そりゃ、友達とか羨ましい時はあるけれど。

 でも、わたしには唯一無二の武器があるのだ。えへんっ。


「コラーッ! 何やってんだーっ!」

「げっ、やばっ!」


 気が付くと工事屋ハーピーのおじさんたちが、怒った様子でわたしの方へと向かってきていた!

 捕まったら絶対説教される! そんなことされたら遅刻確定じゃん!

 わたしはおじさんたちから逃げるように、一気に駆け出した。

 飛べる相手に無茶だって言う声もあるかもしれないけれど、でも大丈夫。


 わたしの唯一無二の武器、それは──"走る事"っ!


「待てぇっ! 悪ガキーっ!」

「くそっ、速すぎる! 飛ぶより早いってどういうこった!」

「ああ、分かった! 例の"爆走娘"だ、アイツ!」


 そう、わたしはこの里"ハーピニア"で一番足の速いハーピーなの。

 まあもしかしたら、他にも足の速い子は居るかもしれないけれど、でもわたしには叶わない。

 小さな頃からずーっと走り続けて、わたしは誰もが驚く脚力を手に入れたってワケ。

 まあだからって、流石に漫画の世界みたく、垂直の崖を駆けのぼったりとかできないけどね?


 おじさんたちを振り切って、わたしはアカデミーが見える所までやってきた。

 あともう少し、ラストスパートっ! びゅんっとスピードを上げて校門へと突撃する。


 校門の前に居るのは……げっ! イヤーな体育教師っ!

 竹刀と時計を持って時間を数えてる。まずい、一秒でも遅れたら説教されちゃう!


「むっ、ハルか! 止まれっ!」


 わたしを見た体育教師が慌てて門を閉め、中に入るのを妨害してきた。


「毎回毎回遅刻寸前に来て! お前は遅刻扱いだ!」


 ちょ、そんなのアリ!? ええいこうなったら!


 わたしは体育教師の振るう竹刀をさっと避け、地面を蹴り上げ大きくジャンプ。

 怒る体育教師の頭をふんづけて、もう一度ジャンプ。伸びてくる手を避けるように前転。

 くるりと回って門を越し、まるで体操選手のように着地。手翼をぴんと上に伸ばしてみたりして。


「ったた……ハル、貴様ッ!」

「へへん、セーフですよね、先生?」

「アウトだ!」

「じゃあ説教は後で受けますんで、さよならっ!」


 おい待てと叫ぶ教師を置いて、わたしは駆け出した。

 この調子ならホームルームには間に合いそう、時間内に教室に行ったらこっちのものだ。

 体育教師を見ると門を飛び越えて私を追いかけてきている。ふふん、でも追い付かれな──やばっ、進行方向に誰かいるっ!


 校庭の地面をずさあーっと滑って急停止。

 ぶつからずに済んだは良いものの……うわあ、教頭先生じゃん。


「休み明け早々何の騒ぎですか?」

「エート、教頭先生。これには色々とワケがありまして……」


 ため息をつきながらじっとわたしを見つめる教頭。

 この人も厳しいから嫌なんだよね、プチ説教は免れないか。

 そんなに長くないと良いんだけどな、なんて思っていたのもつかの間。


「コラァーッ! 待たんかいッ!」


 怒号が校門の方から聞こえてくる、まさか──。

 振り向くと、先ほどのおじさんたちが校門の前でギャアギャアと騒いでいた。

 わたしが唖然としてその方向を見ていると、また後ろからすごい圧が。

 視線を戻すと、教頭がむっとした表情でわたしを睨んでいたのである。


「ハル、彼らは何ですか?」

「……アハハ」


 ああ、今日って本当、ツイてない。


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            【桃色爆走ハルピュイア】

     ~翼が小さくて空を飛べないハーピーは地上最速の爆走娘!~

  ~誰にも止められない彼女は天空の島から落ちてきた生意気王子を助け、~

         ~共に大空を目指して大地を駆け巡る~


【表紙絵】 Illustrator::彩端(さいばし)様


https://31027.mitemin.net/i524760/

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