第8話「もう一人のお姉ちゃん」

「冬姉は仕事があるから先に帰ったよ」

葵は着替えを済ませ、帰り道を自転車には乗らずに一緒に押して歩いた。

十分ほど歩いただろうか、俺たちは無言のまま歩いた。自転車のチェーンの音鳴りがした。

「大地はさ、昔お姉ちゃんが欲しいって言ってたよね」

「よく覚えてるな」

「そしたら、私が代わりにお姉ちゃんになってあげるって言ったの覚えてる?」

葵がクリスマスの時に約束した言葉だった。その時は照れ隠しで必要ないなんて言葉を掛けた。

「葵は今でもお姉さんに違いないよ。寝坊した時は起こして貰ったり、教科書忘れたら貸してくれたり、喉乾いたら水筒のお茶を貰ったり、頭が下がらないよ」

「大地のことは私が面倒みないとダメだよ」

「そうだな。サンキュー」

「でもね、今は冬子さんがいる」

葵は自転車を止めて俺を見つめていた。

葵は最近大人びた雰囲気がある。俺だけがまだ幼心を持ってるような気持ちになる。

「本当の年上のお姉さんだ」

冬姉が現れて葵は焦ってるのかもしれない。そんなことはないはずなのに。

俺に葵はかけがえのない幼馴染だ。

「葵のおかげで俺は自然体でいられる。そこにいるだけで安心感がある。温もりがあるんだよ」

俺の気持ちは伝えたつもりだ。そばにいるだけで笑っていられるような。落ち着くような。まるで水面に浮いて、日差しを浴びるような感覚。そんな大切な人が身近にいるだけで嬉しい。

「そうなんだ。私はまだお姉ちゃんでいられるのかな?」

「あぁ、いつでもダメ出ししてくれよ」

「最近の大地はダメというか。背も高くなったし、声変わりもしたし、力も強いし、いつの間にか大地の背中を追いかけるような感じ」

気づかなかった。葵はいつも俺のことを弟のような存在として接しているのだと思った。

「男らしくなったかな?」

「うん、かっこよくなった」

「じゃぁ、今度は俺が葵のお兄さんになろうか」

「大地お兄さんなら、私にアイス奢ってくれるはず」

「相変わらず冬にアイス食べるの好きだな」

「コタツに入って食べるのがおいしい」

「冬姉が来て、練習付き合ってなかったから、奢るよ」

葵は嬉しそうに笑った。

「大地、今度冬子さんと三人でどこかへ出かけない?」

「どこかってなると俺はゲーセンになるぞ」

「それはダメ。もう少しオシャレに行こう」

「それにしても、三人で行くとなると俺は両手に花だな」

「何言ってるの、両手に花束よ」

そう言った葵は俺のコートのポケットに手を突っ込んだ。

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クリスマスに花束を やまみねさとり @yamachan1128

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