2 逆モヒカンのお見合い相手

 食堂のドアを勢い良く開き、ドナテラが明るい声で朝の挨拶を口にした。


「おはようございます。遅くなり申し訳ありません」


「おお、ドナテラ。おは……」


 カシャン。

 父、ジュゼッペの手にあったカップが床に落ちる。


「今朝は遅かったの……」


 カシャン、パリンッ。

 母、シャーロットのカップは落ちると同時に床の上で真っ二つになった。


「「「ドナテラ様。おはようござ……」」」


 カシャン、パリンッ、カシャカシャパリパリ、パリパッシャーン!


 給仕をしていた召し使いたちもドナテラの姿を一目見て次々にそれぞれが手に持っていた料理やらポットやらを取り落とし割っていった。


「ドドッド、ド、ドナッ、ドナナッ!?」


 父親は変わり果てた娘の姿に、まともに言葉も出てこない。母親に至っては椅子に腰掛けたまま、呆然とした様子で動けずにいる。


 ドナテラは予想していた事とはいえ、そんな両親の狼狽ろうばいを前にし、申し訳なさそうに口を開いた。


「真実の『愛』を得るための髪型なのです」


「し、真実の愛!?」


「はい」


「シ、シシリィッ!」


「ひゃいっ!」


 父親は娘にではなく、その後ろで死人のような顔色で小さくなっていたお付きのメイドを叱り飛ばす。


「お前がついていながら、これは一体どういうことだ!」


「も、申し訳ございませんんんっ!」


 哀れなメイドは泣き崩れながら地面にひれ伏した。


「御父様、違います。シシリーは何も悪くない。全て私が決めてやったことなのです。」


 ドナテラはシシリーをかばうようにして、ハッキリと父を見据える。


「い、いったい、どういう……」


「私は、アストラス家三男、ニーノ氏との結婚をお断りするつもりです」


「な、なにぃっ!?」


「ええ。大丈夫です。逃げも隠れもいたしません。私自身が。この姿で。今日ので直接ニーノ氏にお伝えいたします」


「そそそ、その姿でっ!?」


「はい」


「……はふん、ぬふっ」


「ああっ、お前!」


 バタン、ドンガラガッシャーン。


 母シャーロットは、もう耐えられない! とばかりに、オリジナルな吐息をもらしつつ仰向けに倒れ込んだのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――2時間後。


 いまだサンセット家がドッタンバッタン家中ひっくり返るような騒ぎになっているなか、ニーノ・ルダ・アストラスは2頭だての立派な馬車に乗ってやってきた。


「ぼっちゃま。到着いたしました」


 老執事が、そう言ってするりと御者台から降り、馬車の昇降口に回り込んで扉を開く。


「『ぼっちゃま』はやめてくれと、いつも言っているだろうゲートルート」


 老執事をたしなめるように苦笑いしながら、ニーノは馬車から降り立った。


 すらりと背が高く、短い黒髪で端正な顔立ちながら、その笑みが柔和にゅうわな印象を与える好青年である。


 ゲートルートと呼ばれた老執事が、とぼけたように笑う。


「ほっほっほ。そうでした、そうでした。いやぁ、年をとると物忘れがひどくなっていけません」


「都合の悪いことだけ、だろ?」


「これは手厳しい。ぼっちゃまには、かないませんなぁ。ほっほっほ」


「だから。『ぼっちゃま』はやめてくれ。今から見合いをする身なんだぞ、僕は」


「おっと。これは大変失礼いたしました。ニーノ様」


 老執事は胸に手をあて、深々と頭を下げる。


「まったく。僕の緊張をほぐしてくれようとしてるんだろうけど、いらぬ心配だよ」


 ニーノはふっと小さくため息をつき、目の前にそびえるサンセット家の大きく立派な屋敷を見上げた。


「……どうせ、この結婚に『愛』なんてものは必要ないんだ。いくらドナテラ様がお美しいといっても、『愛』がないのであれば、人形と結婚するのと違わない。……いや。と言うのなら、それはむしろ僕の方か……」


「……ニーノ様」


 ニーノの歯に衣着せぬ言葉に、老執事は目をつむり、眉根を寄せ、困ったように若き主人の名を呼んだ。


「おっと、すまない。これは口が過ぎたな。さぁ、お出迎えに来られたようだ」


 そう言って扉の方を見ると、扉の内側から出迎えの人の気配……というには少々騒々しすぎる物音が聞こえてくる。


 人があわただしく走り回る音。物が落ちたり割れたりする音。ときおり女性の悲鳴らしきものまで聞こえてくる。


「随分とにぎやかなお出迎えのようだが……」


「はて?」


 どうにも様子がおかしいと、2人が顔を見合わせたき、玄関ホールの内側に何十人もの足音がバタバタと鳴り響き、やがて音が消える。


 バタンッ!!


「おおお、お待たせいたしました! よ、ようこそ、サンセット家へ! あっ!?」


「え……」


 勢い良く扉を開き、サンセット家の執事長が全身汗びっしょりの姿で歓迎の言葉を叫びながら飛び出した……のだが。


「あがっ、げっ、ごふっ。……っぱあああああっ!」


 焦ったのか足がもつれ、執事長は玄関口の階段で盛大にひっくり返った。


 そして、どん、どん、どん、と3度バウンドし、ニーノの足元に顔面から着地。


「だ、大丈夫ですか?」


 あまりのことに呆気あっけにとられながらも、心配の言葉を口にし、助け起こそうとするニーノ。心優しい男である。


「し、執事長ー!」


 それを見た召し使いたちが、執事長を助け起こそうと慌てて飛び出す。


 慌てなければ良かったのに。


「あっ」


 当然のように、執事長の後を追ってドドドドドドッと召し使いたちも転がり落ちる。


「きゃっ」


 と叫んで、ニーノは思わず飛び退いて逃げてしまう。


「ぐへぇーっ!」


 執事長は逃げられず落ちてきた部下の下敷きとなった。


「ぐ、ぐぐぐ……」


 だが、さすがは勤続40年の執事長。部下たちの下敷きになりながらも、お客様への礼儀を忘れなかった。


「に、ニーノ・ルダ・アストラス様。よ、よよ、ようこそおいで下さいました。と、当家は……ニーノ様を最大級の敬意でもって、歓迎させて……頂く所存に、こざいま……す」


 ガクッ。


 歓迎の言葉を述べ終えると同時に、執事長は気を失った。


「こ、これはどうも……なんとも盛大な歓迎で……。い、痛み入ります」


 ニーノと老執事は、この型破りな歓迎のされ方に、ひきつった笑顔で応える他にないのだった。

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