百合騎士様の逆モヒカン ~彼女の愛の矢印はいつだって(→)あの娘に向いていた。なので家の事情で男と結婚なんか出来ません~

第八のコジカ

1 逆モヒカン、真実の愛を求める

 ――私は、真実の愛を得たい。見た目の美醜にとらわれぬ、魂と魂の愛を。


 そのために私は、私の表面に瘡蓋かさぶたのように貼り付いた、この『美』をぎ取らねばならない。


 そうすることだけが、唯一、真実の愛を得ることの出来る方法なのだから。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 絶世の美女、と呼び声の高い女騎士、ドナテラ・ウィル・サンセットは、ある朝、ベッド脇の鏡台の前に腰掛けて、鏡に写る自らの顔と、その美しく長い銀髪をまじまじと見詰めていた。


 小一時間もそうしていただろうか。


 突然ドナテラは台の上に置いてあったハサミをつかむと、自らのひたい、髪の生え際にをあてた。


「お嬢様! ……やっぱりおめになった方が……」


 かたわらに控えていたメイドが、それを見てこらえきれずに声を上げる。


「シシリー」


 ドナテラは鏡ごしに、この十数年来の付き合いになるメイドの名を呼び、その凛とした声と眼差しでもって、改めて強い意を表する。


「もう決めたことなの。私は、


 そう言うとドナテラは躊躇ためらうことなく、ジョッキン、と、その美しい銀髪を一束切り落とした。


「ヒィッ……!」


 シシリーは小さく悲鳴をあげ、目を見張った。


 さらにドナテラは一刃目いちじんめの勢いにのって、続けてチョッキンチョッキンとハサミを動かしてゆく。


「ああ……ああ……あぐふぅっ!」


 ついにシシリーは「見ていられない!」とばかりに顔を背け、口元を押さえむせび泣き始めた。


 背中でメイドの嗚咽を聞きながら、さらにドナテラは自らの髪をバサバサと切り落としていく。


 ハサミが動く度、美しい銀髪がハラハラと花びらのように舞い落ちていった。


 ――5分後。


 鏡の中に、すっかり変わり果てた姿のドナテラがいた。


 幅、約10センチ。


 ひたいから、まっすぐ頭頂部とうちょうぶを通って、うなじまで。


 その部分の髪を、キレーさっぱり、切り落としていた。


 『逆モヒカン』


 それでダメなら


 『落武者スタイル』


 とでも言う他にはない、ラジカルでパンキッシュな髪型の美女が、そこに出来上がろうとしていた。


 ドナテラはさらに、ハサミから剃刀かみそりに道具を持ち替え、用意してあったシャボンをつけ、シシリーに手伝わせ念入りに逆モヒカン部分を剃り上げていく。


 手伝う間中あいだじゅう、シシリーはずっと号泣していた。


 そのため手がガクガクブルブルと不規則に震え、危うくドナテラの白く美しい頭皮を傷つけそうになり、その度に


「も、もう出来ませんっ!」

故郷くにに帰りますぅ!」

「いっそ、ひと思いに殺してぇええっ!」


 などと取り乱すので、ドナテラはそんなシシリーをなだめ、また時には叱咤しったして、働かせなければならなかった。


 そうしてどうにか帯状の部分剃毛ぶぶんていもうを終える頃には、シシリーは精も根も尽き果てたという様子で、床の上にへたり込んでいた。


 だが、しかし。

 まだこれで終わりではなかった。


「さぁ、仕上げはこれよ!」


 そう言ってドナテラは、座り込むシシリーに口紅を手渡した。


「も、もう、お許しくださいお嬢様。あんまり……あんまりです」


 顔面を蒼白にしながら、シシリーは力無く首を横に振ってゆるしをう。


 だがドナテラは容赦しない。

 シシリーにも、そして自分自身にも。


「ダメよ。何事も中途半端が一番良くない。やると決めたのならば、最後までやりきらねばならないの」


「それはそうですが……なにも、そこまでしなくとも」


「くどいわ。それともシシリーは、私を半端者としてそしりを受けさせたいの?」


「そんなことは……」


「で、あるならば。……さぁ、お願い」


 あるじにこうまで言われては、従順なメイドは、もはやその命令をこばむことなど出来ないのであった。


「神よ……!」


 ヨロヨロと立ち上がって祈り、ブルブルと震えの止まらない手で口紅を受け取り、ハケに紅をつける。


「大きく、ハッキリとね」


「は、はぎぃっ……あううううっ!」


 シシリーは号泣を再開しつつ、返事をした。


 そして涙と鼻水で自らの顔をベシャベシャにしながらも、かねてからドナテラに渡されていた図案通りに、忠実に、剃り上げた部分に口紅を塗ってゆき、やがてそこには太く大きな……


『矢印』


 が、描かれた。


 矢印の向きは、うなじから始まりひたいに向けて、である。


 そして、これもまたドナテラの指示通りに、うなじのところ、矢印の出発点には


『真実の愛に向かって』


 と書いたのだった。


「うん。いい感じね。ありがとう」


 ドナテラは鏡でそれを確認し、メイドの確かな働きをねぎらった。


 それから、シシリーが床に散らばった銀髪を放心状態で、まるで遺骨を拾い集めるような心持ちで片付けている間に、ドナテラは残った両サイドの髪に自らブラシを入れ、寝間着姿から騎士服に着替えた。


 そうして、すっかり身支度を整えて、


「さぁ、朝食に行きましょう」


 と、明るい声でメイドをうながし、自室を後にし、食堂へと向かうのであった。


 食堂では、ドナテラの父と母が。そして大貴族サンセット家の使用人の面々がドナテラの到着を待っていた。


 ――もちろん、美しきドナテラの頭が


 『逆モヒカン』


 に、なっていることなど。


 誰一人として想像しているはずもなかった。

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