その6
二人は言うところの”相思相愛”ってやつになり、彼女の夫の目を盗んで、愛欲の日々(陳腐な言葉だな。俺はどうも好きになれん)を過ごした。
夫や子供たちが留守の時には、二人で旅行に出かけたこともあったという。
『で?どうするつもりだったんです?』
『どうするって・・・・』
俺の質問に工藤一翔氏は上目遣いにこちらを見ながら、ウェイトレスが運んできたコーヒーをすすり、おどおどした口調で答えた。
『彼女の方は相当に熱を上げていたらしいですな。しかしあなたは』
『僕だって愛してはいました。しかし向こうは結婚している訳ですし、年も僕より20は上です。どうにもなりませんよ』
結局彼女とは大学を卒業するまで交際し、納得づくで別れたという。
それから間もなくして、両親の勧めで今の妻と見合いをし、そして結婚をしたそうだ。
他の女も上手い事言って整理したんだろう。俺はそう聞いてやりたかったが、言葉を呑み込んだ。
『お願いです。家内にはこのことは黙っていてくれませんか?僕は養子ではありませんけれど、妻には頭が上がらないんです。もしこのことが知れたら・・・・』
『知れたら、どうなるんです?』
俺は半ば呆れながら、彼の顔をもう一度見直した。
亡くなった依頼人の母親に『あなた』と呼ばせるほどの男には、どうしても見えない。
工藤一翔は何も答えなかった。答えようがなかったんだろう。俺もそれについてはもう追求するのは止めておいた。
『ご心配なく、私の依頼は貴方を追い込むことじゃありませんからね。由紀子さんと別れる際に、何か預かっていませんでしたか?』
『何か、とおっしゃいますと?』
『鍵とか、ペンダントとか、そういったものです』
一寸待ってくださいといって、彼は席を立ち、暫くしてまた戻ってきた。
『あの、これのことですか?』
端切れのような布で作った袋を取り出し、俺の前に置いた。
『拝見します』
中には、鍵が入っていた。
全面に浮彫りが施してある、凝った造りのものだった。
『結構、依頼人のリクエストはこの鍵を手に入れてくることです。頂いて構いませんね。何なら、預かり証でも出しましょうか。』
彼は、
”それで自分の生活がかき乱されないなら、持って行ってくれ。もう返して貰わなくても構わない”そう言い切った。
ぶん殴ってやろうか、と考えたが、たかがターゲットだ。そこまでする必要はあるまい。
俺は鍵を受取り、
『すみませんが、ここの払いは頼みますよ』
そう言って席を立った。
俺は
開いた。
(当たり前だろう。開かなきゃおかしい)
中に入っていたのは・・・・
なんて事のない赤い表紙の日記帳が一冊と、数枚の写真、それだけだった。
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