その4

 そこから先は、それほど手間は取らなかった。

 いつもの如く、”河川敷の情報屋”こと、

馬さんの協力を頼み、N大の卒業生の名簿を手に入れることに成功した。

ええ?

”お前のやったことは犯罪だ。探偵が非合法の手段で情報を入手してもいいのか”だと?

 俺の知ったことか。

 彼がどうやって情報を収集してるか、俺は知らんし、聞いたこともない。

 俺は単に彼が提示した額でそれを買い取っているに過ぎん。

 彼は彼で、俺の仕事には関わらない。

 お互い内政不干渉、持ちつ持たれつでやってるんだ。


 まあ、それはともかく・・・・兎に角俺は馬さんから入手したN大の名簿を元に、彼の実家の住所を探り当てた。

 その実家があったのは、調布市の少し外れ、あまり住宅が密集しておらず、古い家並が今でものこっているような、そんな一角だった。

 

 木造二階建てで、緑色の瓦屋根・・・・昭和四十年代頃の佇まいを残している家である。

 玄関の門柱には、

『工藤』『太田』と太い字で大理石に刻まれた二枚の表札。

 呼び鈴を押すと、2~3分ほど間を置いて、背が低く、眼鏡をかけた地味な服装の女性が顔を出した。


 俺は認可証ライセンスとバッジを提示し、私立探偵だと名乗ると、最初はあまりいい顔をされなかった。

(そりゃそうだろう。探偵は警官オマワリ以上にお世辞にも歓迎されない職業だからな)

 それでもまあ一応は、

『まあどうぞ、お上がり下さい』といって、玄関の中へと招き入れてくれた。

 彼女は太田雅美おおた・まさみといい、年齢は今年59歳、工藤一翔の実の姉だという。

 両親が亡くなって以来、現在この家は結婚して太田姓に代わっている彼女が、夫と共に住んでいるそうだ。

『本当は売ってしまっても良かったのかもしれませんが。何しろ両親が大切にしていた家ですからね。愛着もありますから』彼女はそう言って応接間に招き入れてくれた俺に、濃い緑茶とせんべいを出してくれた。

『今日伺ったのは、弟さんのことです。一翔さんは今どこに?』

『鎌倉ですよ』

 彼女はあっさりとそう答えた。

 何でも10年前に結婚して、今では妻や妻の両親とそこに住んでいるそうで、現住所と電話番号も、いともあっさりと教えてくれた。

『あの・・・・弟が何かしたんですか?』

 彼女は心配そうな表情で俺に訊ねる。

『どうして、そんなことを?』

 逆に俺の方が問い返した。

『いえ、何もなければいいんですが・・・・』彼女は少し口ごもってから、話し始めた。

 何でも工藤一翔は御世辞にも女癖がいい方ではなく、結婚するまでの間に幾度かの女性と関係を結び、そのことが原因でトラブルになり、両親が生きていた頃には、家族一同が何度かその尻ぬぐいをさせられたという。


『あの子は見かけが良くって口も上手いものですからね。自分でもそれでいい気になって、女性を垂らし込んで、いい思いをしていたんですよ。それで両親がたまりかねて・・・・』

”結婚でもすれば落ち着くだろう”ということで、父親が自分の会社の同僚の伝手を頼って縁談を纏め、半ば無理矢理に結婚をさせた。

『相手は逗子にある老舗旅館のお嬢さんでしてね。』

 本来ならば婿養子に入らねばならないところだったが、幸い彼女は次女だったから、そうはならず、新しく鎌倉に出来た支店の経営を任されることになったという。

『申し訳ありませんが、弟さんの現住所を教えて頂けませんか。絶対にご迷惑はお掛け致しません。それだけは約束します』

 俺はいささか下手に出てやった。

 探偵だって商売なんだからな。

 時にはこういう口の聞き方もしなきゃならん。

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