あした(第2話)

『世界各地で問題を起こしているこの“物体”は、一体なんでしょうか?』

『分かりません。何処からともなく現れた。

 この“物体X”……あー、我々われわれは、“にゅるにょむ”と、名付けてるんですがぁ。さわられるとヌメヌメッ、っとして、非常に不快感がある。

 まるで液体をり付けられたようなぬめり気を感じますがぁ、れるわけではない。

 目的は分かりませんがぁ、ものすごい速さで動いて、きれいな場所、きたない場所を問わず、いろんな所をけずり回るのです』

『汚くはないんですか?』

『汚くぁありません! “かれら”は何らかの方法で摩擦まさつを生まずに移動していて、動きは不規則でまるで生き物みたいに……コホン。

 理論上で言えば、何かをこわしたり伝染うつさせるような事はないでしょう、非常に清潔な存在です』

『それでもこう、大量に出てこられては気持ち悪い。駆除くじょできませんか?』

『現在、世界中の国が調査名目の捕獲ほかく作戦を試していますがぁ、無理でしょうなぁ。

 そもそも意思があるのか、どのような物体なのか、気体か液体か固体かすら、まったく分からず、つかまえられないため調べられないのです』


 ザー…… ザー……


『ご覧ください。ながぽそい、“四角いチョーク”のような物体”が、集団で空を飛んでいます!!』

『アレは宇宙からのメッセージだよ』

『いや神からの啓示けいじだッ』

UMAユーマでしょう!』

『よく分からないが“いでいる”な』

『また一人錯乱さくらんしたぞ!!』

『地中、海、自由自在にすべむ“NYULUNYOMニュルニョム”、「捕獲ほかくすれば軍事利用も可能かもしれない」と、今世界が躍起やっきになっていますッ!』



カチッ カチッ



全チャンネルやっぱりどこも“にゅるにょむ”の話題で持ち切りだねー」

 私の部屋で勝手に付けたテレビのチャンネルを回しながら、リクオ@内定☆☆☆リッキーがぼやく。

 だまって居ると、〇VictorYえんびぃが空気にえ切れず私にき付く。

「ねぇーえ、そろそろ元気出そうよぉ。みんな心配してるんだよ?」

 あの日、リッキーの就職祝いに集まったゲーム仲間たちが、今日は私の家ここに来てくれていた。

 あれから私は体調をくずし、増え続けるバケ“モノ”――“にゅるにょむ”にノイローゼを起こして、外に出られなくなっていた。世の中には、そんな人が何人も居て、“にゅるにょむ”は社会問題になった。

あせるな、えんびぃ。こういうのは時間が居るんだ」

 木戸 武志@鍵垢キドちゃんがそう言うと、えんびぃは冗談じょうだんめかしくほほふくらませた。こういう時だけキドちゃんは優しい。普段ふだんは眼鏡をクイクイしてるだけの根暗なのに。

「えんびぃは良かれと思って言ったんでしょ?」「キドはホント女に厳しいよなぁ」

 えんびぃはゲーム仲間でも有名なぶりっ子HIMEちゃんプレイヤーで、新井あらいshinjiしんじはえんびぃがリッキーと付き合ってる事を知らない。全部どうでも良い。

「ま、酒の肴さかなも無くなった事だし、買い出しに行きますかー」

 リッキーが空気を読んで立ち上がる。社会人中心グルウチのグループでは一番若いクセに、私以外では一番まとめ役をする子だ。就職祝いがグループのオフ会になるのも自然な事だった。

「試しにさ、外、出てみる?」

 リッキーが軽いトーンで、でも真剣しんけんな目で見つめてくる。

 だから私は、目をつぶって、あの日の後のことを思いかべる。



 美千代さんが大きく息を吸う。私の真似だそうだ。き気がする。



 昨日は最悪な気分だった。だから今日は最高の気分で始めようとメイクをバッチリ決め、人生一番のおしゃれをして、(昨日、就職祝いをすっぽかしてしまったグループのみんなには悪いけど)美味しい食事にでも行こうと考えた。『今日の運勢チェック』は最高で、浮かれていた。満足してすぐに消したから朝のニュースは見なかった。ちょっとだけの森のにおいを、手を広げて沢山たくさん吸いもうと外へ出た。

 だから、を見て絶句した。

 美千代さんは口から“にゅるにょむ”を吐き出しながら元気に挨拶あいさつしてくれたから、私は口から朝食を吐いた。

 目の前にあるちょっとした竹藪たけやぶには“にゅるにょむ”が沢山、タクサンい回っていた。竹の根本にある雑草には名前も知らない昆虫こんちゅうがうじゃうじゃ巣食っていて、“にゅるにょむ”とたわむれていた。“にゅるにょむ”の半透明はんとうめいな体が浮き上がらせた腐葉土ふようどの下には、どろのようにくさった土がよどんでいて、もちろん“にゅるにょむ”はまるでイカすみのパスタソースみたいにからまっている。水浴びをするゾウがビチャビチャと泥水を体にり付けているような。それが当たり前みたいに。


 にゅろ……。


 すでに涙目なみだめの私だったが、“にゅるにょむ”がふと、こちら側へなびく動きを見せたのに気づいてしまった。

 ひもの様な長いからだを引き延ばして、まるで導かれるみたいに、何かに吸い寄せられている。私はおそる恐る、その方向に目をやると、美千代さんが深呼吸をしようと手を広げている。

 「ひい゛ぃいっ」

 私はくるったように悲鳴を上げた。

 美千代さんの鼻の穴に、竹藪を這い回っていた大量の“にゅるにょむ”たちが殺到さっとうする。

 にゅろにゅろとうねる半透明の群れが、私の目の前を横切り、ビチビチとねる。

 森の匂いがした。と思った。

 ああ、私がいでたのは“これ”なんだ。


 頭をきむしる私を横に、“美千代さん”は目をつむって全身で“にゅるにょむ”の空気を味わっている。

 彼女かのじょたおれこむ私に気づいたのは、それを数回り返した後の事だった。

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