地方紙の新聞記者を目指していた学生時代を思い出しました。当時はPCでネット記事をプリントしたり、大学図書館で各社新聞記事をコピーしてスクラップブックを作っていました。
ネットも新聞も各社ごとに取り扱うネタやフォーカスしている部分、表現が違ったりして、それによってひとつの出来事でも多様な視点があるとわかって面白かったです。昔はそれだけでも読む意義があったのですが、いまや各社の色の違いはあまり見受けられません。
しかし、地方紙の一番の意義がお悔やみ欄というのはその通りですね……(笑)。個人的に読者欄は実名公表の意見というだけでいまでも読む意義があると思います。
作者からの返信
ご丁寧なコメントをありがとうございます。
たしかに読者欄は忌憚のない意見が面白いですし、そういう考え方もあるのかと触発されることもあります。一度、どうしても意見を述べたいことがあり、ダメモトの匿名希望(以前の仕事柄、本名は出したくないので)で挑戦してみましたが、呆気なくボツでした。(@^^)/~~~
いまどきの若い記者は、たとえば年中行事など最初から取材する気がなく、過去のデータベースを適当に繋ぎ合わせて記事をつくると、地方紙の役員の知人が嘆いていました。地域や団体からクレームが来て発覚するみたいで。
全国紙だとA紙とY紙の比較が面白かったのですが、Y紙よりさらに偏向していると思われるS紙とA紙の記者は人事交流が頻繁(!)と知ってから、なんだかなあ……という感じになっています(理由を訊いてみたら「おれたち記者は、記事さえ書ければどの社でもいいんだよ」とか)。(-。-)y-゜゜゜
たまに娘が、学校で新聞紙を図工で使う、と言われたとき、コンビニにダッシュするときがあります^^;
実家を出てきてからこっち、ネットやTV、TVのデータ放送で特に不満はなかったので、購読する手続きをしないまま今に至りました。
新聞社側も、購読を推進するより、ネットで広告料を取って出す方が楽だし見てくれるんじゃないかな……と思っていたら、ヤフーがそれをやってますね。今後はそういう方向にシフトしていくんじゃないかなと思います。
でも、新聞小説は好きだったんですよね。遠藤周作先生の「反逆」とか、当時、荒木村重がいかなる人物で、どう生きたかを知らないので、毎日どきどきしながら読んでいた記憶があります。あ、でも、これもよく考えたら、カクヨムがありましたね^^;
ではでは。
作者からの返信
それがですね~、あれからまた新聞が読みたくなって(笑)、ときどき図書館や近くの合同庁舎(県民ホールに全紙が置いてある)へ通うようになりました。
興味を惹かれるのは、記者がプロジェクトを組んでの連載企画、外部からの執筆者(毒にも薬にもならない学者さんの至極当たり前の論文より、高橋源一郎さんなど、ある程度偏った人の文の方が面白いです)の寄稿、読者からの投稿などです。
「経済のことなんかろくに知らない身で、知ったかぶって書いているんだよ」論説委員長をしている友人がこっそり言っている社説は、たいていタイトルだけでスルーです(笑)。
ネットとはちがったアナログ世界を楽しんでウォッチングしていますが、ちょっとアレなのは、閲覧のお仲間がほとんど全員おじいさんなこと。大きなルーペをかざしたまま禁止の(笑)居眠りをしている方もあり、それはそれで禁断の森に迷い込んだようで……。 ^^) _旦~~