第11話 せんせい





 

 言うか、言うかと思っていたら、やっぱり言われた。

 ――決まりましたね、芥川賞と直木賞。

 カヨさんには「はあ……」としか答えようがない。


 先生、それって世間話ですか?

 それとも、わたしへの励まし?

 まさかと思うけどプレッシャー?


 訊いてみたいと思いながら、いまだに果たせずにいる。

 

 心療内科の治療の一環として、

 ――あなたは小説を書いたほうがいいでしょう。

 そう指導を受けたのは、自律神経の乱による烈しい呼吸発作で駆け込んだ3年前の盂蘭盆会のあとだったから、つごう6回は同じ会話を交わしてきたことになる。


 いろいろあった前半生にエネルギーを遣い果たし、いまさら何かに挑戦しようという気にはなれなかったから、つい延びのびになっていて、手軽なネット小説なら(真剣な作者のみなさん、ごめんなさい)と思いついたのは、今年の2月だった。

 なので、今日の「決まりましたね」は、微妙に何かが異なるような気がした。


 イケメンさんでしたね、曖昧に笑ったカヨさんの気持ちを知ってか知らずか、

 ――ではまた1か月分の薬を処方しておきましょう。

 診察終了の合図として黒スタンプを開けた先生は、カルテに日付印を押した。

 

 動悸や息切れも収まったいまは、約30分の診察時間の大半は雑談に終始される。

 次の診察日までに読んだ紙誌から、カヨさんの好きな分野の情報をノートに書き出しておいてくださる先生の誠実が、寄る辺のないカヨさんの支えになっている。

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