第9話 神奈川沖浪裏





 

 数か月ぶりに会った友人が、カヨさんに1枚の版画をプレゼントしてくれた。

 藁葺屋根に雪を載せた農家の窓に、絣の着物の少年少女が頬杖をついている。

 その隅に彫られた、


 ――〇〇荘。

 の文字こそが、ほかのだれでもないカヨさんにこの逸品を贈りたかった所以だと言って、ひと回り近く年下の友人は、昔と少しも変わらない漆黒の眸を輝かせた。


 その版画家、およびその遺族とは仕事を通じて浅からぬ縁があったが、事情があって引退して以降は、ほかのクリエーターたちと同様に疎遠になっていた。

 その一連の経緯を、古くからの付き合いの友人はよく承知してくれていた。

 

 ふたりとも、ここ数年で北斎の「神奈川沖浪裏」ほどの大波に見舞われた。

 旧家の出身の友人は、歴代当主がこつこつ収集してきた実家の骨董品を整理していてこの版画を発見したとき、これはカヨさんが持つべきものだと思ったという。


 東京の職人の制作という額は縁が銀色で、絵の雪とよく調和している。

 深からず淡からずの友人との関係に似ているな、とカヨさんは思った。


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