第8話 とくべつ





 

 カヨさんが地方テレビ局の番組審議委員をしていたころのこと。


 ある日、1階でエレベーターに乗ると、女性アナウンサーとふたりだった。

 挨拶を込めて軽く会釈をしたが、先に乗っていた彼女からの返礼はなし。

 代わりに、カヨさんの頭の先から靴の先まで二往復ほど視線が上下した。

 意味はわかった。


 ――なんなの、そのみすぼらしい服装は? 

   ここがどこかわかってんの、オバサン?


 思うところあって、それまで仕事着にしていたスーツ類をすっぱりやめ、ティシャツとジーパンかチノパン、普段着と変わらないカジュアル一辺倒に替えた。

 テレビ局と審議委員会のトップには、その格好での出席の許可を得てあった。


 ――そうでなければ辞任させていただきます。


 ジロジロと蔑まれながら、カヨさんは謎解きを試みた。

 高級スーツでビシッと決めた女性アナウンサーはテレビ局の貌である。

 なのに、貧乏ったらしいオバサンと同じ空気を吸う屈辱は耐えがたい。

 なぜと言うに、マスコミの最前線で働く自分は「特別な存在」だから。

 

 そのことがあって間もなく、その女性アナウンサーの退職を知らされた。

 ――いまも「特別な仕事」に就いているだろうか、あのヒヨッコさん。

 ごくたまに、カヨさんはあのエレベーターの瞬間を思い出すことがある。


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