第5話 ルーティン






 カヨさんの人生でどうしても必要なもののひとつに「歌」がある。

 世界的な疫病が流行する前はカラオケボックスを利用していたが、ライブハウスやスポーツジムと同様に感染の温床たるクラスターの発生源と見做されてからは、窓を閉めきった自宅のPCで、できるだけ声を張らないようにして歌っている。

 大画面、大音量に慣れている身にYouTubeカラオケは物足りなかったが、筋トレやヨガと同様ルーティンに汲み込んでから、その状況が当たり前になっていった。

 

 ただひとつ、いまだに面倒に思うのは多くの楽曲の前に広告が入っていること。

 本番まで何秒の案内をイライラやり過ごし、「広告をスキップ」の表示に変わると間髪を入れずにクリックする。それだけがせめてもの憂さ晴らしになっている。


 そんなある日、いつものとおりいまや遅しとスタンバイさせているマウスの指の力がふっと抜けたのは、チャップリンの『Smile』を歌おうとしているときだった。

 

 ――ピースワンコ・ジャパン。

 

 YouTubeでは初めて目にする、保護犬の救出活動をしている団体の広告だった。

 数秒間にすべてを言おうとして勢い絶叫型になる、えげつない広告がほとんどのなかで、安らぎに満ちた音楽を背景に、保健所のドリームボックス(保護された犬や猫を二酸化炭素ガスで窒息死させる場所。苦痛に満ちた死はなぜか安楽死と呼ばれている)から救出された仔犬が救助犬になるまでの軌跡を文章で語りかける広告は例外的に長かったが、最後までクリックを押させない不思議な力を持っていた。

 長梅雨に澱みがちなカヨさんの心身に、しゃっきりと喝が入った。


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