第3話

 銃声。


 銃声が聞こえる。


 銃声!?


 コーヘイは、がばっとその半身を起こした。

 気のせいかと思ったが、再び聞こえた。二発目か。

 黒髪の騎士は、治癒の副団長の部屋のベッドで横になっていたが、部屋には誰もおらず、コーヘイは一人だった。薬瓶や薬草がぎっしりと並ぶ棚が、圧迫感を与えて来る。


 深夜のようだが、朝からの記憶が全くなく、辛うじてセリオンに会った事だけは覚えている感じだ。何かに引っ張られる感じを、とにかく必死に堪えた、という感覚も残っている。

 とりあえずベッドから降り、机の上に置かれていた愛用の片手剣を手に取ると、上着も着ずにシャツ姿のまま部屋を飛び出し、音がした方に向かった。




「くそ、やばいかな、これ」


 左肩からあふれ出る血を抑えるが、血はぽたりぽたりと城壁を濡らす。長い金茶髪を後ろに束ねた黒装束の男は、国王暗殺を謀った男を追尾して、攻撃を受けた。

 泣きボクロのある左側の目を細めてしまう。

 彼の名はジル。国王直属の影。いわゆる御庭番的な存在だった。その姿は完全に秘匿されていたが、一度だけ古代魔法で知覚され、ミシャに見つかってしまった事があった。そうでもなければ、見つかったりしないのだが。

 なのにこの日、存在を見とがめられた瞬間に撃たれた。人ならざる視線を感じたような気がする。


 城内のあちこちで騒ぎが起こり、騎士団も魔導士団も総出で対応している中、危険なこの賊を追尾をしていたのはジル一人であった。


 目の前にいる相手は、その手に彼が見た事もない武器を構える。それは異世界人なら見てわかる、リボルバータイプの拳銃だった。西部劇に出てきそうな、大振りで古い型式。

 その銃口は、黒装束の青年にまっすぐ向けられていた。


「ジルさん!?」

 

 ミシャはジルから滴り落ちる大量の血液を見て、反射的に体が固まった。頭の中で鍵を掛けられたように、体が縛られる。

 聞き慣れない音を聞いて、駆けつけて来たらしい少女の声がしたが、ジルは振り返らない。振り返らずに叫んだ。


「ミシャさん、来ちゃだめだ!戻って!」


 その声に彼女は反応しようとするが、足が動かない。何故だかわからないが、まるで地面に縫い付けられたように動かないのだ。

 そんなミシャに向けられての、三度目の銃声。


「きゃぁっ!」


 銃弾は少女の右足の太ももをかすった。

 かすっただけなのに、その衝撃で少女は後ろに弾かれたようによろめいた。

 最初は衝撃だけ、その後に痺れ、時間を置いて焼けるようなとんでもない痛みが走り、汗が噴き出し、しゃがみ込むしかなかった。

 ジルは賊から目を離さないように、数歩後ろに飛び下がると、ミシャをかばえる位置に移動した。出血が多く、目がかすみ、その動きは精彩を欠くが、必死に少女の盾になろうとしていた。


「なんだ、あの武器」


 賊は再び撃鉄を起こし、二人に銃口を向けた。ジルに緊張が走る。

 その時、賊に向かう一人の騎士があった。わざと足音を立て、注意を引き付ける。

 その意図通り、賊の視線はそちらに移り、銃口が向きを変えた。


「コーヘイ師匠!」


 ミシャが叫ぶ。

 黒髪の騎士は、片手剣を構え、機敏に左右に移動し、その銃口の定めがままならない状況に持っていき、その距離を詰め、わずかな遮蔽物もうまく使う。

 接敵からの至近距離の四発目は、片手剣に当たり剣が折れた。衝撃で剣を弾かれそうになったが、ぐっと握り直す。


「きゃあ!師匠!!」


 ミシャの悲鳴をそのままに、コーヘイは折れた剣のまま、相手に肉薄し、銃を持つ相手の腕を狙って剣を振るう。


「チッ」

 

 賊は撃鉄を起こし損ね、舌打ちをして回避に集中した。

 次の一閃は、賊の服を切り裂いた。折れてさえいなければ、ダメージを与える事ができたが。更に距離を詰める。賊は左手を使って撃鉄を起こし、コーヘイに銃口を向けたが、コーヘイの左手が、その右手首を掴み上げ五発目は空に向かって放たれた。

 すかさず、コーヘイは賊の脇腹に蹴りを入れた。


「がっ」


 賊は横転し、姿勢を崩したが、銃は取り落とさなかった。

 目深にかぶられた黒いフードから、青銅色の鋭い視線が、黒髪の騎士に向けられる。目線が絡み合い、お互い、相手が強敵であると知る。

 コーヘイは間髪を入れずに追撃をするが、賊は逃げる事を優先する方針を変えた。無言の格闘が続く、コーヘイは折れた剣で善戦するが、ついには賊を取り逃がしてしまった。

 コーヘイの記憶では、あのタイプの銃は六発の銃弾のはずだが、賊は五発しか撃たなかった。一発をあえて残した所に、使い慣れた印象を受けた。


 ふーーーーっと、息を大きく長く吐く。

 呼吸を整えながら負傷した二人に向かうが、黒装束の青年はもう、立っていられなくなり、すでに膝を折って、ミシャが必死の治癒魔法を使っている所だった。


「止血を優先して!」


 コーヘイが指示を飛ばす。ミシャは頷くと、治癒を止血のために行った。

 彼女の右足からも出血があったので、コーヘイは自らのシャツを引き裂くと、ミシャの足を縛って抑えるようにした。

 青年の肩の様子も確認する。貫通しているようだった。動脈は逸れていそうだが、出血量は多い。とにかく強く圧迫して止血を試みる。


 他の騎士や魔導士も、続けざまの破裂音を聞きつけ、駆けつけてきてた。

 青年は担架に乗せられて運ばれて行き、ミシャはコーヘイが手慣れた感じで抱きあげたのだが、少女は急に怖くなり、コーヘイに抱き着いた。今になって震えてきた。

 コーヘイは少し強めに抱きしめ、彼女を落ち着かせるために耳元で静かに囁く。


「もう大丈夫だから」

「はい」


 もし、この人が来てくれなかったら、どうなっていただろう。ミシャは初めて見る武器と、足の痛み、ジルの大量の出血を見て狼狽えてしまい、魔法が咄嗟に使えなかった。魔導士はどうしても、物理攻撃に対してそういうところがあるが、ミシャは特に繊細だった。

 だが、こんなふうに体が縛られたような感触があったのは初めてだ。


「ああいう時って、どうしたらいいんです?」

「とにかく銃口を自分に向けさせない事。自分が動くか、銃口を意図した別方向に向けさせる。銃を奪えるなら奪ってもいい。言葉で、撃つ意思を削ぐのも有効かな」


 コーヘイはミシャをとりあえず、治癒の副団長の部屋に連れていく事にした。コーヘイの両手が塞がっていたので、ミシャがノックをする。

 即、カイルが飛び出してきた。


「びっくりしたぞ、ちょっと目を離したらコーヘイがいないから」

「すみません、書置きもせず」

「ん?ミシャはどうした」

「怪我をしたのでお願いします」


 椅子に座らせるように下ろし、コーヘイはそのまま立ち去ろうとするのを見て、カイルは慌てて声をかけた。


「おい、行くのか?」

「年頃の女の子の足の治療を、見学する趣味はありませんよ。ちょっと血と汗も落としてきたいし、着替えたら閣下に報告に行きます」


 爽やかに笑う。


「あ、ああ、そうしてくれ」



 城内の騒ぎも収まりつつあり、部屋に戻って行くコーヘイの姿がセリオンの目に入った。引き裂かれたシャツに、大量の血がついている。


「コーヘイ、どうしたその姿は」

「すみません、セリオンさんに頂いた剣、折れちゃいました」

「いや、剣はいいけど怪我はないのか」

「ああ、これは他の人の血です。自分は無傷ですよ」


 両手を軽く上げて自らの姿にいったん目をやったあと、セリオンに向けられる強い眼差し。頼もしい姿。

 セリオンは改めて、この男をこの国から失いたくないと思った。


「他の場所の様子はどうですか」

「ああ、何とか片付いた。城内の警備の員数も少ないし、ほんとにやっかいだ」

「明日、報告書を書く手伝いをしますよ」

「助かるが……無理するなよ」


 コーヘイは自室に戻り、シャワーを浴びて汗を流す。


 そして銃の危険さを改めて考える。やはり、銃の知識がある人間も増えてきているようだ。あの賊が異世界人かどうかはわからないが。技術は確実に伝えられつつある。もしかすると、この国にも必要なのかもしれない。元の世界でも、銃弾を防ぐ方法はほとんどなかった。防弾チョッキを着ても、衝撃で骨折する事だってある。

 魔法を使ってなんとか、防ぐ方法を考えたい。

 まず、ミシャだ。ミシャの才能なら、対処法が編み出せるかもしれない。考える事はたくさんありそうだった。


「そういや、何で自分はカイルさんとこで寝てたんだろう?」


 聞くのを忘れていた。とりあえず髪を拭く。

 それにしても、疲労感がある。


「何かおかしいな、すごく疲れてる気がする。やっぱどこか悪いのかな」


 倦怠感を感じて、いったんベッドの端に座る。髪は乾いてないが、そのままベッドに体を横たえる。そして何も食べてない事を思い出す。


「あ、おなかがすいてるのか」


 体を起こして、セリオンに分けてもらったナッツ入りの焼き菓子をつまんでみる。閣下に飴玉を食べさせてたのと同じだなと思い、ちょっと笑ってしまう。倦怠感は空腹が原因だったようで、甘いお菓子でそれが無くなった。


 シャツを着て、制服の上着に袖を通す。


「そうだ、剣をどうしよう」


 腰にその重みがないと、どうにも具合が良くない感じだった。武器庫から適当な一振りをもらうしかないかな?と考えながら扉を開けると、扉の外側に、一人の国王付の侍従姿の男が待っていた。


「コーヘイ様、お待ちしてました」

「えーと?」

「剣を破損されたとのことだったので、陛下からこちらを預かっております」


 侍従は、一振りの片手剣を両手で差し出した。


「陛下が?」


 何故、陛下が剣が折れた事を知っているのだろう?少し不思議な気がしたが、陛下には影と呼ばれる複数の隠密の手足がいると聞く。その報告を受けたのだろうか。

 渡された剣は、コーヘイに持ちやすい重さと長さで、まるであつらえたようだった。装飾は全くなく、質実剛健といった感じだったが、それがまた好みだった。


「ありがとう。陛下にもお礼を伝えてください」

「はっ」


 侍従は頭を下げて、戻って行った。

 コーヘイは受け取った剣を腰に下げる。下げた感じも程よい。

 でも何故、陛下が?コーヘイは首を傾げながら、魔導士団区画に向かった。

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