第15話 あ〜ん。と、笑顔と不思議な動悸
「いだだきます」
「はい、どうぞ召し上がれ〜」
あの後、俺はワコが持ってきた莉子の下着をすぐさまちゃんとたたみ直して元の位置に戻した。散乱していた服も綺麗に畳んだ。恥ずかしさよりも、後から軽蔑の眼差しを向けられる事を避けるためにだ。
ちなみに下着のたたみ方は以前、母さんから「自分の服は自分でたたみなさい!」って言われた亜子が、早く遊びに行きたくて俺に代わりに頼んだ時に「ブラはこうやるの!」って教えられた事があるから何とかなった。
まぁ、兄に下着をたたませる妹もどうかとは思うけど、亜子曰く「あはー! 亜子は別にそんなの気にしないからだいじょぶだいじょぶ! そんな事よりも亜子は今ちょっと忙しいからソレよろしくー! んじゃっ!」との事。
よく一般的に言われるような、兄に下着を触られる嫌悪感よりも自分が早く遊びに行きたい欲の方が勝ったらしい。それを聞いていた母さんも呆れていたのを覚えている。
ついでに言うと、莉子のは亜子のよりサイズが小さいからちょっと手こずった。まあ、この事は今後誰にも誰にも言えない。言うつもりもないけど。
バレないよな? 大丈夫だよ……な?
そして今、俺は若干ドキドキしながらテーブルを挟んで莉子と向き合い、その中央に前に置かれた具沢山なシチューの鍋の前で手を合わせる。
ゴロゴロとした野菜や大きめにカットされた肉が入っていて、すごく美味しそうだ。
「沢山作ったからおかわりもありますからね?」
「うん。これはおかわりしちゃいそうだよ」
「ふふ、よかったぁ〜」
莉子はそう言いながらオタマでシチューを掬ってくれる。俺の分は深めの皿にご飯が入っていて、そこにそのままかけてくれた。彼女の分はスープ皿によそってあり、隣にはパンが置いてある。
どうやら莉子はシチューはパンと一緒に食べるみたいだ。俺は昔からご飯にかける派。親がそうしてたからおかしいなんて思っても無かったし、今も思っていない。
食べ方なんて人それぞれだろ? そこに、人と違うから……なんて言っちゃダメだと思うし。
「そういえば……亜子ちゃんもでしたけど、おにーさんもご飯にシチューかけるんですね? カレーみたいに」
「ん? ウチは昔からそうだね」
「私はやったことないんですよね。美味しいです?」
「美味いよ? 食べてみる?」
「んえっ!?」
俺は無意識に、いつも家でやってるようにスプーンでシチューと絡み合ったご飯をすくうと、目の前に差し出す。
──差し出してから気づいた。相手は亜子じゃなくて莉子ってことに。
あっ! と思って顔を見てみると、莉子の顔は赤く、目を大きくしてびっくりしていた。
「あ……ごめん。つい──」
差し出した手を引っ込めながら「家で亜子にやってるようにやっちゃったよ」と、言葉を続けようとするけど、その腕を莉子に掴まれてしまった。
「た、食べますっ! 食べ物を粗末にするのはダメです。えぇ! ダメですからっ!」
「えっ!? あ、ちょっ! 待っ……」
「待ちません! あむ〜っ!」
食べられた。大きな口を開いてパクッ! と、俺のスプーンの先は莉子の口の中に隠れてしまった。
出てきた時には食べる前の銀色の輝きだけ。
「んっ! これ美味しいですね! シチューがよくご飯に絡んでなんていうかこう……美味しいです!」
語彙力っ!!
でもまぁ美味しいならいっか。
さて、問題はこの後なんだよな……。俺は一度莉子の口の中に入ったスプーンを見つめる。莉子はそんな俺を見つめる。
これ、何が正解なんだ? 「間接キスだね?」って言った方がいいのか。それとも、スプーンを変えてもらうのか。莉子は何も言わないままこっちを見ている……気がする。
結局俺は──
「うん、おいしいな」
何事も無かったのようにそのまま同じスプーンで食べて、普通の感想を言う。俺も語彙力が皆無だった。
漫画とかだと、「こんなん味がわからないよ……」なんてセリフをよく目にするけど、味はしっかりわかった。ホントに美味しかったんだよ。
陳腐な感想しか言えなかったのはただ、変な緊張で頭が回らなかったんだよ……。
そして味の感想と一緒に顔を上げて莉子を見ると、両手で一つのパンを持ったまま俯きながら
「そ、それは良かった……です」
って言った後、赤くなった顔を上げて小さくニコッと俺に笑いかけてきた。
「っ!?」
………………なんだ今の。
めちゃくちゃ可愛かったんだけど。
いや、普段から可愛いとは思ってたけど、それとは何かが違うっていうか。
なんでだ?
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