第11話 初めて同士
俺は洗面台のところにある鏡の前で身だしなみを整え、玄関で靴を履く。手には紙袋。その中には、昨日帰ってから母さんに頼んで街のスーパーまで車に乗せてもらい、そこで買ってきたお菓子が入っている。
「よし。行くか……」
誰に言うでもなく呟いて俺は玄関を開けた。
◇◇◇
昨日、莉子を送り届けて家に帰ってからのこと。自分の部屋に行ってからスマホを見ると、莉子から『さっき言い忘れてたんですけど、明日の時間どうしますか? 十時くらいで大丈夫ですか?』ってメッセージが届いていた。特に用事も無かった俺は『大丈夫だよ。わかった。そのくらいの時間に向かうね』って送信した後に、何もお土産みたいなのを用意するのを忘れていたことに気付いた。
約束の時間が十時となると朝は買いに行く時間がない! ってことで、それからすぐに母さんのところに行って車をだしてくれるように頼み、そこで買ってきたのがこのお菓子だ。
そして、俺が最初帰った時にはいなかった亜子が、その買い物から帰って来た時には家にいたんだけど、俺達だけ買い物に行ったことを「ずるいずるい」と騒ぐから、事情を説明したらニコォっと笑いながら「兄ちゃん、さすがにそれはオーバーだよ。亜子、そんなの持って行ったことないよ」って言ってきた。
亜子……それ、もっと早く言ってくれよ……。女子の家に一人で行くなんて初めてだから分かんなかったんだよ。どおりで母さんも変な顔してると思った……。
◇◇◇
そんな事がありつつも俺は今、莉子の家に向かって歩いている。あ、だんだん家が見えてきた。ヤバい。どうしよう。緊張がヤバい。
ん? あれ? さっき二階の窓から莉子の顔が見えた様な……。気のせいか?
ってそうこうしているうちに家の目の前に着いた。
そして俺は一呼吸してからインターホンを押す。
「はいっ!」
で、出るの早いな……。
「北川です」
「あ、おにーさん! おはようございます。今すぐに開けますね」
莉子がそう言うとスピーカーの向こうから物音と声が聞こえてくる。
どうやらインターホンの通話を切るのを忘れたみたいだ。
『やっぱり窓から見えたのおにーさんだった♪ 早く開けないとっ』
そんなに焦らなくてもいいのに。てかやっぱり二階から見てたのは莉子だったのか。
「おにーさん、どうぞ入ってくださいな?」
「あ、うん。えっと……おじゃまします」
玄関の扉が開き、莉子が俺を家に招き入れてくれる。
目の前に立つ彼女の姿は、カーキー色の膝より上の丈のスカートに、上は白いオフショルダーのTシャツ。首元と肩口にはフリルが付いていて、とても可愛らしい。
ただ、少し目のやり場に困るってのが本音だ。
「ふふっ、そんなに畏まらなくてもいいですよ? 私もおにーさんの家にはいつもお世話になってますし」
「そ、そう? いや、なんていうか……俺、こうして女の子の家に遊びに行くのって初めてでさ。ぶっちゃけかなり緊張してるんだよね」
「ふぅ〜ん。初めてなんですね。そっかぁ……。実は、私も男の人呼ぶの初めてなんですよ? 私達初めて同士ですね♪」
莉子は何故かやたらと嬉しそうにしている。あれか? お互いに初めて同士の仲間だから嬉しくなってるのかな?
「莉子もだったんだ。一緒だな」
「はい、一緒です! って玄関で話すことじゃないですよね。入ってくださいな。あ、これスリッパです」
そう言って出されたのは、クマの顔がプリントされて耳も付いてるスリッパだった。え、これを履けと?
「ず、ずいぶんと可愛いスリッパなんだな……」
「はい。こういうの結構好きで、見かけると買っちゃうんですよね。あ、ちなみにこれはおにーさん専用ですよ?」
「俺専用?」
「はい、今度からウチに来た時はこのスリッパですから、覚えておいてくださいね」
「あ、うん」
……ん? 今度から?
「じゃあ私の部屋に案内しますね。こっちです。さぁいきましょー!」
そして、よくわからないままクマのスリッパに履き替えた俺は、莉子に背中を押されて二階への階段に足をかけた。
「スリッパ、似合ってますよ?」
なんでだろう。ビミョーに嬉しくないのは。
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