第8話 二人きり予告
莉子と別れた後、家に帰ると亜子の姿が見えなかった。玄関に靴が無かったから、まだ帰ってきてないんだろうな。
「土曜日の事話そうと思ったんだが……。まぁ、莉子から連絡するって言ってたから大丈夫か」
誰に言うわけでもなくそう呟いてから台所にいる母さんにただいま、と告げてから自室に向かって部屋着に着替えた後、カバンの中から朝返してもらった本を出して元々置いていた場所に置いた。
本棚のそのスペースだけがガランと空いていて少し違和感があるけど、ここがだんだんに埋まっていくのを思うとなんか少し楽しみな気もする。
「次はどんなお願いがくるんだか……」
そしてその為の【お願い】が、次はどんなのが来るのかも少しワクワクしてる。普通だったら怒るところなのかもしれないけど……なんだろうな?
カチャ──パタン
そんな事を考えていると、隣の亜子の部屋からドアが開き、そして閉じる音がした。
……おかしい。いつもなら二階にまで聞こえる程の声で「たっだいまぁー! 亜子のお菓子ー!!」って叫ぶのに。もしかして具合でも悪いのか? 昼は元気だったはずなんだが……。
少し気になるな。ちょっと様子見に行ってみるか……と、思って俺は廊下に出る。
そして亜子の部屋のドアに向かってノックを二回。
──返事がないな。
もしかして熱でも出してるのか?
いつもだったら勝手に開けないけど、返事が無いのは流石に心配になる。俺は頭の中でだけ「お前も勝手に俺の部屋入ってるんだから文句言うなよ」って言い訳をしながら目の前の部屋のドアを開けた。
「亜子、大丈夫か?」
「っきゃぁぁ! どうしよっ! どうするっ!? めちゃヤバなんですけどぉぉぁ!!」
部屋に入った俺の視線の先にあるのは、ベッドの上で枕を顔に巻き付けながらバタバタしている制服姿のままの亜子の姿。スカートが捲れ上がってるのに、そんなの関係なしに足をばたつかせていた。シワになるから帰ってきたらすぐにハンガーにかけろって母さんに言われてるだろうに……。
「あ、亜子?」
「美容院予約しないと! 服も決めないと! あーでも今はまだこの余韻に浸ってしずんで溺れていたぁーい!」
俺はそっとドアを閉めた。
ダメだ。何があったのか知らないけど俺の声が全然届いてないや。元気みたいだし、今は放っておこう。
◇◇◇
夕飯後、部屋で莉子から返してもらった本を読み返しているとノックの音が聞こえた。
「兄ちゃん入るよもう入ってるよ邪魔はしないけどおじゃまします」
「……ノックの意味は?」
「球児の青春」
「いや、その意味じゃなくて……。まぁいいや。今更だしな。んで、なんだ?」
「んとね、さっきりっちゃんから連絡貰ったんだけど、土曜日りっちゃんちの犬の名前考えに行くんでしょー?」
すでにパジャマ姿の亜子は俺の部屋の中に入ってくるなり、本棚の近くに置いていた座椅子に座って本棚を漁りながら話しかけてくる。
「あぁ。今日の帰りにそんな話になってな。どんな名前になるんだか」
「亜子行かないから」
「三人も居ればいい名前も出てくるだろ」
「いやだから、亜子は行かないってば」
「は? なんて?」
亜子はおかしな事を言いながら座椅子の上で左右に揺れ始める。
「亜子もねー、その日に何も用事が無かったら行くつもりだったんだけどー? ちょぉ~っと大事な用事が出来まして、行けなくなったのでごぜぇます。だから土曜日は兄ちゃん一人でよろっ!」
「ちょっ! おまっ! まじか!?」
「まじまじ大マジ! だって兄ちゃんは約束したんでしょ? 亜子は別に約束した訳じゃないし、そもそも兄ちゃんが勝手に亜子も一緒だって勘違いしてただけじゃーん! それにその事をりっちゃんに言ったら別にOKだってよ? はい、要件終わりっ! あっ、この本貸してね♪」
「あ、こらっ!」
俺が声をかけるのもスルーして亜子は俺の漫画本を片手に、「おやすー♪」って言いながら部屋から出ていった。
「……待て待て。まじでか? これアレだぞ? 俺か一人で女子の家に遊びに行くってことだぞ? そんなのした事ないっての! いきなりハードル高すぎだろ!」
俺が頭を抱えたくなるほどに戸惑っていると、充電器に差したままのスマホが短くブブッブブッと震えた。
手に取って画面を見ると、莉子からのメッセージ通知。
〖土曜日、亜子ちゃんダメみたいですね。けど、大事な用みたいなのでしょうがないですね。だから二人で考えるしかないですね。しょうがないですね。あ、好きなケーキって何ですか? 亜子ちゃんと一緒に作ろうかとも思ってたんですけど、しょうがないですね。材料は各種様々色々揃えてあるので、ある程度のモノは作れます。土曜日待ってます〗
…………。
〖俺も今、亜子から聞いたよ。ケーキなんだけど、チョコとモンブランが好きかな。二人だけだけど、いい名前が決まるといいね〗
送信。
いや、これ断れる奴いないだろ……。
◇◇◇
そして翌朝、莉子に「今から迎え行くよ」と連絡を入れてから家を出る。
これで誰が出るか分からないインターホンを押さなくて済む。そう思ったのに……。
「おにーさん、おはようございます」
「和臣くんおはよ~」
「あ、お、おはようございます」
莉子と一緒に莉子のお母さんである紫乃さんも何故か一緒に外に出てきた。しかも凄いニコニコしながら。
そして次の瞬間、俺は言葉を失った。
「明日は莉子をよろしくね? 私もお父さんも朝から用事あって夜まで帰らないのよ。だから明日は莉子と和臣くんの二人っきりね?」
…………へ?
「えっと……だそうです……」
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