第7話 土曜日の予定

「うおっ!」


 教室の中から向けられた大量の視線にたじろいでしまい、俺は一歩後ろに下がる。


「っ!」

「あ、ごめんっ」


 すると、下がった先に人がいたみたいでぶつかってしまった。振り返るとそこには一人の男子生徒。

 背はそんなに高くなく、男にしては長めの髪で隠れてはいるけど綺麗な顔立ちをしていた。

 そして俺はその顔に睨まれている。


「えっと、大丈夫だった?」

「……大丈夫です」


 その子はそれだけ言うと教室の中に入っていき、入れ違いに手帳を片手に持った莉子が廊下に出てきた。そして焦ったような顔をしながら俺の背中をグイグイと押してくる。


「おにーさん、早く行きましょう。早くっ」

「あ、うん」


 そしてそのまま下駄箱まで連れていかれて靴を履き替えると、少し早足で校舎から出た。そこでようやく莉子が俺の隣に並んだかと思うと、今まで見たことが無い表情でプリプリと怒ってきた。けどなんだろうな? あんまり怖くない。


「ちょっとおにーさん!? た、確かに名前で呼んでとは言いましたけど、まさかあんなに人がいる所で呼ぶとは思いませんでしたよっ! もうっ、ホントに恥ずかしかった……」

「いや、だって放課後までにって言うから……」

「それは……まぁ、その、そうですけど……。呼んでくれるかくれないかの答えだけかと思ってたんですよぅ」


 それはごめん。そこまでは頭が回らなかったんだよなぁ。思い出して考えてみると、割りと俺もテンパってたみたいだし。いやホント、我ながらよくあの状況で名前を呼んだと思うよ。


「あは、ははは」

「もういいですけど……。あ! ってことは、【お願い】聞いてくれたってことですよねっ?」

「まぁ、そうなるのかな」

「やった♪ そういえば私が廊下に出る時に何かありました? 何か謝ってる声が聞こえましたけど」

「あれね。いや、たいしたことじゃないよ。ちょっと後ろに下がったら、教室に入ろうとした人とぶつかっちゃってさ。それだけ。ほら、入れ違いになった子いるだろ? その子だよ」

「あぁ。あの子とは話したことはないですね。綺麗な顔だなぁとは思ってましたけど」


 お? これはもしかして?


「もしかして朝言ってた気になる子ってその子?」

「……何言ってるんですか? そんな訳あるわけないじゃないですか。おにーさんは何を思ってそう言ったんですか? ホントに何言ってるんですか?」


 な、なんか凄い勢いでまくし立てられたけど、これだけはわかる。怒ってる。なんか知らないけど怒ってる。


「莉子、ごめん」

「あ、名前……。はい、許します。おにーさんってばホントにもう……。しょうがないですねぇ」


 今度は一気に機嫌が良くなったな……。

 呼び方でそんなに変わるものなのか? 俺にはちょっとわからないけど。

 そのまま軽い足取りになった莉子と一緒に校門から出た。


 そしてその帰り道の途中。


「そういえば明日、お父さんが同じ会社の人から仔犬を貰ってくるんですよ。私が選んでいいって言うからどの子がいいか写真見せてもらったんですけど、可愛くて可愛くてどの子にするかすごい悩んじゃいました」

「そうなんだ。犬好きなの?」

「犬か猫かで言ったら犬かもしれないですね~。って言っても動物全般好きですけどね♪ 実は動物を飼うのも初めてなんですよ~」


 そんな事を言う彼女は、傍から見てもわかるくらいにウキウキしている。

 そういえば俺ん家も昔、犬を飼っていた。俺達が産まれる前から母さんが飼ってた犬で、結構なおじいちゃん犬。だから亡くなった時は、一番可愛がってた亜子が泣いて泣いて凄くて、それから何か飼うの辞めたんだよな。


「名前とかはもう決めたの?」

「それがまだなんですよね……。そうだ! おにーさん明後日の土曜日何してますか?」

「いや、特に用事はないかな。大輝も用事あるみたいだし」

「じゃあじゃあ、ウチに来ませんか? 亜子ちゃんも一緒に。一人じゃ決めれないので、みんなで名前考えてくれません?」


 名前か……。俺のネーミングセンスが受け入れられかわからないけど、仔犬も見てみたいし、予定もないから亜子と一緒になら行ってもいいかな。一人だとキツいけど。


「うん、いいよ。それ、亜子には言ってあるの?」

「やたっ! 仔犬の事は言ってあるので、後で連絡してみますね!」


 てな感じに休日の予定が決まったところで、莉子の家の前に着いた。


「じゃあまた明日ね」

「はい。朝、連絡待ってますね。あ、ちょっと待っててください」


 莉子はそう言うと家の中に入って行く。そしてすぐに戻ってくると、その手には俺が貸した本があった。


「はい、今日のお願いの分です」

「あ、忘れてたや」

「そんなこと言ってもいいんですかぁ~? お願い増えちゃいますよ?」

「莉子はそんな事しないでしょ?」

「へ? え、えっと、しない……ですけど……」

「だよね。まぁありがとね。じゃあまた」


 俺は本を受け取って自分の家の方に足を向けた。

 そこで後ろから声がかかる。


「また明日…………かずくん」

「え? 今なんて?」

「な、ななななんでもないですっ! 気をつけて帰って下さいね! じゃあまたっ!」


 莉子は早口でそう言うと家の中に入って行ってしまった。

 今、俺の事名前で呼んだよな?

 なんか……こう、なんかドキッとした。

 下の名前で呼ばれるのは慣れてるはずなんだけどな……。

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