第6話 名前を呼んで
亜子がいなくなって俺と莉子ちゃんの二人きりになってしまった。かと言って会話が無くなる訳でもなく、普通に話しながら時間は過ぎていく。
二人とも弁当を食べ終わり、片付けたところで朝聞くのを忘れていた事を聞いてみることにした。
「そう言えば俺、莉子ちゃんの連絡先知らないんだよね」
「えと……そうですね。あ、あの──」
「それで今朝も連絡出来なくてインターホン押したんだけど、流石に毎朝は家の人にも迷惑だろうから良かったらメッセのID交換しない?」
「んえっ!?」
「どうしたの?」
「いえ、その、例の【お願い】でおにーさんの連絡先を教えてもらおうかな? って考えていたので……」
莉子ちゃんはそう言いながら、両手でスマホを持って俺の事を隣から見上げてくる。
あぁ、なるほど。でもこれは──
「いや、これは【お願い】使わなくてもいいよ。俺が聞きたいからだしさ」
「ホントですか? でも借りてる本……」
別に急いで返して欲しいわけでもないし、莉子ちゃんは無理なお願いを押し付けてそのまま返さない、なんてことをする子じゃないもんな。
それに、どんなお願い事をしてくるのか少し楽しみになってきた俺がいるってのもある。
「いいからいいから。はいコレ、俺のID」
「あ、はい! 今すぐ打ちますね。えっと……」
「そんな焦らなくても良いって」
「うぅ、だってぇ~。あ、登録出来ました! これ、私のです」
「おっけ。……うん、俺も登録した。ってこれさ、どっちかが登録して送れば早かったんじゃ?」
「……あ、言われて見れば確かにそうですね。あはっ、テンパっちゃってそこまで考えれなかったです」
そう言ってまたさっきみたいな笑顔を見せてくれる。いや、ホントに
「カワイイなぁ……」
「!?」
こんな顔見せられたら、朝言ってた莉子ちゃんの気になる人もコロッと落ちそうな気がする。でもこの子、男が苦手なんだよなぁ。俺は男として見られてないんだろうか? いや、見られたからってどうなるって訳でもないんだろうけど……なんかモヤッとする。
「じゃあ明日からは家を出る時に連絡するから」
「…………」
「莉子ちゃん?」
「っ! ちょ、ちょっと待ってください! まったく! おにーさんはホントにもう!」
ボーッとしていたかと思えば、何故か顔を耳まで赤くしながら、怒りながら横に置いていた巾着袋から朝も見た手帳を出すと何かを書き始める。
「それ、朝も書いてたけど一体何を?」
「これは今おにーさんがカワ……カワウソみたいな顔をしてたって書いてるんです」
「それどんな顔なの!?」
カワウソってアレだろ? あのつぶらな瞳がカワイくてペットとして飼おうとすると中々お値段の高い人気の……ん? それ考えると中々悪くないのか? ってそんなわけがない。
それ以前にそれってわざわざ書くような事!?
「あはっ、後でアジを用意しておきますね?」
「せめてマリネにして……」
いたずらっ子の様な顔でそう言われてしまったので、俺は反論は諦めた。美味しいもんな。アジのマリネ。
そうこうしているうちに予鈴が鳴り、俺達は教室に戻ることにした。
廊下は他にも教室に戻っていく生徒がいっぱいで少し騒がしい。歩いているうちに莉子ちゃんの教室の前に着くと、彼女はその喧騒に紛れてこんな事を言ってきた。
「おにーさん、次のお願いなんですけど……私の事を名前で呼んで貰えますか?」
「名前で? 今も呼んでるけど?」
「莉子ちゃんじゃなくて、莉子って呼んでほしいんです」
「へ?」
「放課後、教室で待ってます。それまでに考えておいてくださいね?」
そう言うと莉子ちゃんは腰元で小さく手を振りながら教室の中に入っていく。
それを見届けた後、俺は自分の教室に向かいながら考えた。今までずっとちゃん付けで呼んでたのを呼び捨てに変えるという、ただそれだけの事なのになんかやけにハードルが高い気がする。
どうすればいいんだ? でも、【お願い】だしなぁ。
結局考えはまとまらないまま教室に着いた。
自分の席に座って弁当を鞄にしまっていると、俺の前の席に座ってる千紗から声がかけられた。
「和臣、どうしたんだい? さっきからうんうん唸ってるけど何か悩み事かな?」
しかも出来る女モードで。
「ん? ちょっと知り合いに名前の呼び方を変えて欲しいって言われてさ。どうしたものかと」
「変えて欲しいって言われたなら変えればいいんじゃないか? きっとその相手は和臣ともっと仲良くなりたいとか、関係の変化を求めてるんだよ」
「ってことは千紗もだったのか? 千紗も確か去年の冬休み前辺りに言ってきたよな。『こ、これから北川の事は和臣って呼ぶからは千紗の事は千紗って呼んんで! わかった!?』って」
「ちょっ! なんでそんなの覚えてるのぉ~!? あれは違くて……あ、あれよ! 三人で遊んでる時に和臣と大輝だけ名前で呼び合ってるのが羨ましいからだもん! だ、だから他に理由とかないんだもーん! わかった!?」
あ、出来る女モードもう終わった。長く続かないし、キャラがブレるからやめればいいのに……。
「わかってるって」
「あ~そこでわかっちゃうのが和臣なんだよねぇ~。はぁ……。で、そんな事言ってくるのって誰なの? クラスの仲の良い男子はほとんど名前で呼びあってるでしょ?」
「何言ってるんだ? 男子じゃないぞ?」
「へ? ちょっとそれ──」
そこでチャイムと同時に先生が教室に入ってくる。
「(……男子じゃないってどういう事なの? 千紗以外に仲良い女子っていたの? もう! もうったらもう!)」
千紗が前を向きながらブツブツと何かを言っているけど、俺はそれどころじゃなかった。
そして放課後。
一年の教室の前まで来て中を覗いて見てみると、帰り支度をしている莉子ちゃんが見える。
よし、覚悟は決めた。なんてことはない。亜子を呼ぶのと同じ様に呼べばいいだけだもんだ。
「莉子、来たよ」
「っ!?」
「わぁ! 兄ちゃんやるぅっ!」
驚いて大きな目を更に見開く莉子。変に煽る亜子。
それと同時に教室内がザワついた。
あ……名前で呼ぶ事ばっかり気にしてて人が残っている事を失念していたや。
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