第5話 クラスの視線を集める二人

 陽射しによる眠気への誘いを振り払いながら昼休みまで耐えきった。

 俺は一度大きく伸びてから、カバンから弁当を出すと同時に席を立つ。

 朝のメッセの後、更にもう一通亜子から『おべんとも持ってきてね!』ときたからだ。

 教室から出る途中でいつも一緒に食べてる大輝に一言断りを入れて廊下に出る。

 階段を降りて一階にある亜子達のクラスに着き、入り口付近の子に声をかけて呼んでもらおうとすると、その前に俺に気付いたみたいで亜子の声がした。


「あ! 兄ちゃんやっと来た! 莉子ちゃんいこっ!」

「うんっ」


 すると、二人とも待っていたみたいで、すぐに弁当を持って俺の目の前までやってくる。莉子ちゃんは弁当以外にも小さな巾着袋、亜子は小さなポーチも持っていた。

 そんな俺達三人に複数の視線が向けられる。その中には今朝下駄箱で見た男子の目もあった。とゆうか、男子の視線がほとんどこっちに向いてる感じ。

 この二人はホントに人気あるんだな、って実感するには十分な程。

 一応女子からの視線もあるけど、男子みたいなあからさまなものじゃなく、目の前の二人じゃなくて俺に向いている。まぁ、興味本位で……みたいなものだろうけど。


「で、呼び出したのはいいけどさ、どこに行くんだ?」

「いいからいいから! いいとこ見つけたんだよね~」

「あ、この前迷子になった時だよね?」

「……亜子、お前迷子になったのか?」

「莉子ちゃん!? なんで言うのっ!?」


 ウキウキで一歩先を歩いていた亜子がビクっとなって並んで歩いている俺達の方に振り向く。


「その歳で迷子って……」

「ソイヤッ!」

「あだっ! な、なんだ今の! 髪の毛!?」


 亜子が頭を勢いよく回すと、束ねられた髪が俺の頬を叩いた。それはもう見事に。


「ふっふっふ……。亜子のツインテールは時には鞭の代わりにもなるのだよ」

「いや、なるのだよって……。それはいいんだけど横見てみろ」

「へっ?」


 俺の横では莉子ちゃんが顔とお腹を抑えてうずくまっている。もしかして彼女にも当たったかな? って思ったけど、俺との身長差から言ってもそれはないだろう。だけど僅かに肩が震えていた。これはもしかして……。


「莉子ちゃん!? もしかしてぶつかった? 大丈夫? ごめんね? ホントごめ~ん!」


 亜子はしゃがんで心配しながら、申し訳なさそうに覗き込む。すると莉子ちゃんは俺の予想通り、笑いすぎで出てきた涙を拭きながら答えた。あ、まだ笑ってるや。


「ち、ちがっ! あ、当たってないから大丈夫だよ……ふふっ……あははっ! 結ってる髪でそんな事するの初めて見たから面白くって。 ……はぁ、面白かったぁ」

「兄ちゃんが変なこと言うからホント焦ったし……。後で部屋に行って、本棚の二段目の二列目にあるラノベを全部一段目の一列目に並び替えてやる」

「おい、それはやめろっ!」


 ほんとやめて。ちょっとえちちな表紙と挿絵のやつなんだから。しかも母さん普通に洗濯物置きに入ってくるから見られたら気まずくなる。


「ふ~ん? おにーさん? そこに何があるんですか~?」

「さ、さぁ? なんだろう? ちょっと亜子が何言ってるのか俺には理解できないかな?」

「あ、ここで【お願い】使うっていうのもアリですかね?」

「それはズルくない!?」

「冗談ですよ~だ♪」


 笑いながら俺を見上げ、そんな事言ってくる彼女はホントに可愛かった。こんな子が彼女だったらな。まぁ、俺は友達の【おにーさん】止まりなんだろうけど。


 その後、亜子に案内されて連れていかれたのは、中庭にある花壇の側のベンチだった。

 木のおかげで校舎からは見えないけど、渡り廊下からもバッチリ見える場所。なんとゆうか……ド定番だな。


「どう!? なんかこう……少女マンガっぽくて青春っ! って感じじゃない?」

「いや、ここは割りとみんな知ってるぞ。ただ、学食使う人が多いのと、校舎と校舎の間にあって風の通り道になってるからこの場所を滅多に使う人がいないってだけで」

「そうなの!?」

「そうだよ。まぁ、今日は風も無くて人もいないみたいだけど」

「ならいいじゃ~ん! 食べよ食べよ! ほら、ベンチにシート敷くから待ってて」


 亜子はそう言うと、手に持っていた小さいポーチからキャラクターの小さなレジャーシートを出してベンチに敷いた。そしてその上に三人並んで座って弁当を食べ始める。ちなみに並びは亜子、莉子ちゃん、俺。


「おにーさんのお弁当おっきいですね……」

「ん? ほら俺、体でかいからその分消費カロリー取らないとね。これでも足りない時とかあるし。午前中に体育とかあると尚更ね。そうゆう日は弁当二個頼む時もあるくらい」

「私、そんなに食べたら夜食べられるかな……」


 隣を見ると、莉子ちゃんのは俺の弁当の半分もなかった。しかも肉も少ない。


「莉子ちゃんの弁当小さいもんね。それに野菜メインかな? 足りる? 唐揚げ食べる? あ、でもコレ、もう口つけた箸だや」

「食べますっ!」


 若干食い気味に言われたから、掴んでいた唐揚げをそのまま莉子ちゃんの弁当箱の蓋にのせてあげた。


「……こ、これって、かんせ……ス……やっぱり……でも……」


 唐揚げを見ながら何かブツブツと言っている。あれ? まさか嫌いとか? 唐揚げ嫌いな人を見たことないけれども。


「もしかして鶏肉苦手?」

「大好きですっ! 特にこの唐揚げは今までで一番!」


 食べてもいないのに何故いきなり一番になるのか不思議だったけど、喜んでるならいっか。


「なら良かった」

「だから最後に大事に食べます」

「そこまで!?」


 そんな感じで俺と莉子ちゃんは軽く会話しながらモクモクと食べているけど、亜子はスマホをいじりながらだ。


「亜子、お前さぁ、飯の時くらいスマホ離せよ」

「いいじゃ~ん。ここにはお母さんもいないから怒られないも~ん……あっ!」

「ったく……。ん? どうした?」

「昼に職員室に来いって言われてたの忘れてた! お母さんには怒られないけど先生に怒られちゃう! 急がなきゃ!」


 亜子はそう言うと弁当の残りをリスみたいに口に詰めて、それをお茶で流し込むと片付けをして立ち上がった。


「んじゃっ! 後は若い二人で楽しんで!」

「どこのお見合いのセリフだよ」

「お、見合いって亜子ちゃん!?」

「なはは~♪ バイバイバ~イ」


 結局、この場所に来て十分もしないうちに亜子は校舎へと戻って行った。


「ほんと落ち着きのない奴だな……。まぁいっか。俺達はゆっくり食べてようか。……莉子ちゃん?」

「あ、えと……ご趣味は?」


 いやいや。だからお見合いじゃないってば。

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