第3話 胸がギュッとなる瞬間
「み、見ようと思って見たんじゃないからね? 偶然目に入ってきただけだから」
あの後、家を出てから俺はすぐに隣を歩く莉子ちゃんに言い訳にもならない言い訳をする。理由はどうあれ、見たのは事実だもんなぁ。あの後、莉子ちゃんのお母さんも特に何も言わないでずっとニコニコしてるだけで気まずいったらなかった。
「わかってますよ。も、もうその話はいいですってば。思い出すと恥ずかしいじゃないですか」
そんな事を言いながら彼女は、俺の事を隣から見上げてくる。俺の身長が百七十八センチに対して、彼女はたしか百五十八センチって亜子から聞いた事があるから、まぁまぁな身長差がある。ちなみに亜子は百四十八センチのチミっ子だ。
「いや、そうだけどさ。お母さんにあんなこと言われたどうすればいいんだか……」
「あ、あ、あれはただ、からかっただけだと思うので深く考えなくてもいいですっ! ほんとにもう……余計な事言うんだから……。おにーさんもおにーさんですよ。「はいっ」なんて言うし……」
あんなこととは、俺達が莉子ちゃんの家を出る時に柴乃さんが見送ってくれた時の事だ。その時、「二人とも行ってらっしゃ~い。あ、和臣君? ちゃんと見た責任とってくださいねぇ~」なんて事を言ってきたのだ。その時はつい反射で返事してしまったけど、今思えば少し軽率だったかもしれないな。
「からかっただけかぁ~。いやでも……俺が返事した時、ほんの微かに笑ったような……」
「気のせいじゃないですか? あ、それよりも──はい、おにーさん。約束の一巻です」
「あ、ホントに一冊だけなのね」
「もちろんですよ?」
莉子ちゃんが差し出してきた本を受け取ると、俺は自分の鞄にしまう。もう一冊くらい出てくるかと思ったけど、そんな事は無かった。残り二十七冊! いったい残りのお願いはどんなのになるんだろ?
あ、そういえば気になってた事があったんだ。
「そういえば莉子ちゃん」
「はい? なんですか?」
「昨日までは亜子と一緒に学校行ってたよね? 今朝、俺が家を出る時にはもういなかったんだけど、もう学校いったのかな? 何か知ってる?」
「おにーさん聞いてないんですか? 亜子ちゃんは今日から別な人と一緒に学校行くらしいですよ」
いや、聞いてないな。別な人と? 莉子ちゃんとケンカでもした……ってわけでも無さそうだしな。
俺達に気を使ってとか? でも別に気を使う必要とかないもんな。他に仲良い奴が出来たんだろうか?
「ちなみに相手は、おにーさんの友達の東雲先輩です。 もしかしてそれも聞いてないです?」
「なん……だと?」
「亜子ちゃん、中学の頃から東雲先輩の事好きだったんですよ。まだ付き合ってはいないみたいですけどね。一緒に登校する約束をしたわけではないみたいですけど、押しかけるって言ってました」
【
「お、おぉ? それホントに?」
「ホントですよ? 連絡先の交換もしてるみたいですし」
「し、知らなかった……。亜子も大輝もそんな事を一言も言わないから……」
「えっと……言っちゃマズかったですかね? おにーさんと亜子ちゃんって仲が良いから、てっきりもう言ってるのかと……」
残念ながらそこまでは聞いてないんだよ。さすがに兄妹で恋バナとかはしないからなぁ。
「まぁ、聞かなかった事にしておくよ。大丈夫。まぁ、何かあれば向こうから言ってくるだろうし。にしてもその二人がねぇ……」
「ありがとうございます。亜子ちゃんモテるのに全然よそ見しないんですよ?」
「一途なのか、それともそこまで頭が回らないのかのどっちかだろうな……」
「きっと一途なんですよ。学校で東雲先輩を見かけたりすると、ポーって眺めてたりしますから」
いやいやいや、妹の乙女行動の情報とかいらないよ!? 家で気まずくなるでしょ!?
とりあえず話題を逸らさないと。
「亜子が一途なのはわかったけど、莉子ちゃんは? 好きな人とかいないの?」
「いますよ。自分で言うのもアレですけど、私もその人のことだけを想っています。……半年前からずっと」
「そうなんだ。俺は好きな人とかいないからなぁ。可愛いって思う子とかはいるけど」
「可愛い子……ですか?」
「そうそう。例えば莉子ちゃんとか?」
「……そうですか。ありがとうございます。あ、ちょっと待っててください」
莉子ちゃんはそう言うと俺の数歩後ろで立ち止まると、鞄から可愛らしい手帳みたいな物を取り出して何かを書き始めた。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないですよ? ただ、嬉しいこと記念──んんっ、念動力についてちょっと思い着いたことがあったのでメモしてました」
「今の会話に念動力関係あった!?」
「ありました。胸がギュッてなる念動力です。おにーさんから借りてる本にもチート能力とかあるじゃないですか」
「いや、確かにあるけど……」
それが何の関係が……って聞こうとした所で莉子ちゃんが歩きだしたから、結局聞けずじまいだった。
「おにーさん行きましょ? 遅刻しちゃいます」
「あ、あぁ」
再び俺の隣に並ぶ彼女の距離が、さっきより近いような気がするのは気のせいかな?
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