第22話 一宿一飯
ここまでの道行きを思い出す。 短い間に見たものを想起する。群れる人々、さまざまな顔ぶれと、服装と──服装?
「そっか、服」
瞬間、ピエブさんの目、紛れもなく商売人の双眸がギラりと光ったのを俺は見逃さなかった。
(服装がどうかしたかい?)
…セ界の人々は、縫製のなっていない服を着ている、というのが素人目にもわかった。
町を眺めた時は些細な違和感だったが、こうして思い出してみるとそう思える。
だが、セ界の文明はこれほど発展しているのに、なぜ。
「……教会の権力の及ぶところですから。稟性神様の教えの一つに、服飾の華美を嫌うものがあります」
驚いた。衣食住の一端にまで関与する信仰があるのか。生きづらそうな世界である。
俺の考えをげんなりした表情から読み取ってくれたピエブさんが苦笑する。流石に禁止ではありませんよと。
「暗黙の了解としてあるだけで、本当のことを言うとそれほど重要視はされていないのです。ただその教えを一心に受ける信徒様が縫製神様の恵みを民に与えないものですので…」
彼の話の中で出てきた恵みという言葉、これは俺が神様に下ろしてもらう時に受け取ったものと似て非なるものだ。
神様のはボーナストラックだが、こちらは信仰することにより定期的にいただける情報とかを言う。簡単に言うとお告げだ。
「禁止はされていないが知識がない、と」
「そういうことですね」
なまじ神様のお告げに従っているだけに、自分たちで開発しようという気が薄いらしい。
服は適当でも生きていけるもんな。
極寒の地とかなら別なのかもしれないが。
しかし、ならば俺が彼に渡せるものはひとつある。ここまで言えば分かるだろうが…
(故郷の服だね!)
「これを差し上げます」
神様と言葉が被ったがそのとおり。現代のハイグレード学生服を舐めてはいけない。
由来が軍服からなので袖のつき方は下向きだが、それを差し引いても充分なものだ。
証拠に、学ランを指した俺に対するピエブさんの表情が完全に商売人のそれになっている。
昔やっていたカードゲームで超絶レアなカードを手に入れた時の友人の顔と同じだから俺にはわかるのだ。
「本当に……よろしいのですか」
「好きに使ってください。俺はセ界の服を代わりに貰えればいいので」
言いながら上着だけ脱いで彼に渡す。検分して貰わないことには価値は測れないだろう。
「これは……表面が柔らかく弾力性に富んでいますね。特殊な加工がなされているのでしょうか。わざと硬めに仕上げられている…安物にありがちなテカリもない」
「詳しいですね」
「これでも幅広く商いの風呂敷を広げておりますので。服飾はいい財源になると密かに言われているのですよ」
学ランは生地が重いのがネックだが、技術の進歩で例外は数多い。
俺の着ているのもそうだ。型崩れしにくいししわにもなりにくい、スーツと同じく現代服の完成系ともいえよう。
それをちょっと見て触っただけで分かるピエブさんも凄いが。
「………間違いなく、上物ですね。貴族連中がこぞって、流浪の民から作り方を組み上げているのも頷けます。…すぐに代わりの服を用意させましょう。ついでに湯浴みでもしていってください」
「風呂ですか、…高価とかじゃ?」
「いえいえ、温泉はタダです。…わたくしも同行しても?」
「もちろん!」
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